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小説 「僕と彼らの裏話」 2

2.再会

 修平は部下に圧力をかけて2連休を勝ち取り、その1日目が【同窓会】の日となった。
 元気が無いらしい彼女に代わって僕が軽食を作ることに決まり、適当に酒と食材を買って持参する。

 夕方。レジ袋を提げて、バスに乗る。

 バスを降りたら、修平が予め聴いていた住所まで、スマートフォンに道案内させる。
 たどり着いたのは、オートロックのついた立派なマンションだ。雪除けの段差や階段が当たり前の北海道にありながら、入り口の前には広くて長めのスロープだけが造られている。引越し業者が喜びそうな設計だった。
 修平がインターホンで彼女と話した後、自動ドアが開き、2人で中に入る。
 廊下は「中廊下」だ。雪が入ってこない。更には、暖房が効いていて暖かい。
「良いとこ住んでんなぁ……」
修平が住むアパートは、吹きさらしの外廊下だ。冬季は、廊下は雪で真っ白だ。

 エレベーターで上に上がり、目的の部屋で再度インターホンを押す。
 玄関が引き戸になっている。マンションで これは非常に珍しい気がする。
「開けてくれていいよー!鍵 かけてないからー!」
中から声がして、修平が「んだ」と応じる。
 彼が戸を開けると、玄関で彼女が待っていてくれた。「脚を怪我している」と言っていた彼女は車椅子に乗っていて、冷える時期なので、温かそうな膝掛けで足腰を守っている。
 どちらかの足が折れたとか、そういうことは見た目では判らない。
 ただ、玄関には「外用」らしい、砂埃が付いた別の車椅子が 畳んで置いてある。
 そんなことよりも、彼女は40歳を過ぎてもやっぱり「美人」で、更には僕のことを憶えていてくれた。僕は それが嬉しかった。
 当時と同じように「わぁー!坂元だー!」と、笑顔で手を振ってもらえて、僕は もはや【有頂天】同然だった。

 高校時代、父が存命だった頃。僕が自分の席で下手くそなギャグ漫画ばかり描いている時、修平は決まって一つ前の席を乗っ取って それを眺め、彼女は その光景を少し離れたところから見物しながら、時には ふざけて手を振ってくれた。僕だけは、いつも律儀に振り返していた。
 周囲は、それに大して関心を寄せなかった。クラスで浮いている人間同士の奇妙かつ幼稚な関係性は、大学受験を控えた生徒の多くにとって、街で見かける野良猫の発情とか喧嘩みたいなもので、ただひたすらに「自分達とは無関係」だったのだろう。
 父の葬儀の後、しばらく学校を休んでから久しぶりに登校した時も、彼女は当たり前のように手を振ってくれた。父のことは何も言わず、ただノートを貸してくれた。(修平は、何故か僕よりも長く学校を休んだ。)


 彼女の住まいは全体的に広々とした設計で、床には段差が見当たらず、全ての戸が引き戸である。洗面台の下には大きな空間が確保されていて、車椅子に乗った状態でも使いやすいようになっている。
 これは……「バリアフリー住宅」というやつだろう。

「何、おまえ……どこが折れたん?」
僕が手を洗ってダイニングに戻ると、修平が台所に荷物を運び込みながら、彼女に訊いた。
「えっと……大腿骨が、両方……」
「はぁ!?なして!?……車か?」
「車……」
「あーあー……お大事に、だな」
 修平は単なる「骨折」だとでも思っていそうだけれど、僕は、もっと重篤なことが起きていることに、洗面所で気付いてしまった。しかし、それは言わなかった。
 今日は、再会と食事を楽しむために来ているのだ。本人の口から明かされない限り、僕は何も言わない。
「雪で出歩けないんなら……買い物は、どうしてる?……宅配?」
僕は、話題を変えた。
「それもあるし……たまに、ボランティアの高校生にお願いする」
「マジか!俺らの後輩?」
「いやぁ……うちの学校じゃないね」
「そっか」
 僕と修平は高校時代『ボランティア同好会』というものに入っていた。(部費を徴収されずに、進学に有利な『活動の実績』が作れるからである。不純な動機だ。)河原や街中のゴミを拾ったり、市が開催するイベントの運営を手伝ったり、冬季には、依頼を受けた住宅や高齢者施設の周辺を除雪したりしていた。
「“宮ちゃん“は、何部だっけ?」
「宮ちゃん!?……うわぁ!懐かしい!!」
笑ってくれて、良かった。
 彼女は高校時代、女子の友人達からは、そう呼ばれていた。僕が、そう呼んだのは……これが初めてだ。
「私は、園芸部だよ」
「園芸!?そんな部活あったか?」
冷蔵庫に缶を入れ終えた修平が、割り込んでくる。
「あったよー!学校の入り口に、いっつも花が植わってたっしょや!」
「あれ生徒がやってたん?」
「そだよ!」
「あはははは!」
この2人だって20年以上会っていなかったはずなのに、毎日会っていた頃と変わらない調子で話しているのが可笑しくて、僕は思わず声を出して笑った。

 僕は、彼女に「台所を借りる」と言って、つまみを作ることにした。
 流しや調理台も、全て「車椅子ユーザー向け」の高さと構造である。そして、当たり前のようにキャスター付きの椅子が置いてあって、僕はそれに座って作業する。それは、足腰の立つヘルパーや友人が来た時のために置いてあるのだろう。
 修平は、食卓を挟んで宮ちゃんと向かい合わせに座り、脚の具合のことばかり訊いているようだった。
「おまえ、それ……歩けるようになるまで、大変じゃねえか。風呂とか、どうしてるんだよ」
「何それ、セクハラ!!」
「なしてさ!?心配してんのに!!」
僕も「セクハラだ」と思った。
「あんたなんかに教えない!!」
「はぁ!?」
 やがて、高校生同士のような口喧嘩が始まる。
 僕は何も聴いていなかったふりをして、出来たての「ちゃんちゃん焼き」を食卓に運ぶ。
「へい。お待たせ いたしやしたー」
「わぁ……!」
「美味そう!!」
「ジンカンも良いけどね。やっぱし『ちゃんちゃん』が、作りやすくてさ」
(※ジンカン……ジンギスカンの略称。)

 他の料理や酒も僕が淡々と運んで、いよいよ【同窓会】が始まる。
 全員がビールを飲む。
 彼女は僕の料理を気に入ってくれたようで、とても「参っている」ようには見えない。よく食べる。
「坂元って、料理 上手いんだね!」
「こいつ、今『家政夫』なんだ」
「今は、休んでるんだけどね……」
「帰省中?」
「んー……」
 僕は、良い機会なので、10年以上前に母も他界したことと、実家を売り払ったこと、今は本州で働いているけれど、健康上の理由で休職し、修平の家に身を寄せていることを正直に話した。
 宮ちゃんは「え……」と言ったっきり、黙ってしまった。
「気にしないで。こっちの空気吸って、良い物 食って……もう、ほとんど良くなったから。……久しぶりに宮ちゃんの顔見て、元気が出たし」
「何それ……!」
彼女は、照れ隠しのように片目を擦りながら、顔を赤くして笑った。

「買い物とか、床の掃除とか……不便なら、俺、やりに来るよ。リハビリを兼ねて」
「悪いよ、そんな……」
「良いよ。俺、こいつの家で、毎日そんな事やってるから」
「宿代の代わり、な!」
修平は腕を組んで ふんぞり返る。
「……良い家政夫さん来て、良かったね」
「んだ。『社畜』の救世主だぁ」
 先ほどの口喧嘩のことは、2人とも忘れていそうだ。

 酔ってきた僕はトイレを借りて「やっぱり広いなぁ……」と感心しつつ、いつも通り、座って小便をした。(床を汚したら自分の仕事が増えるだけなので、僕は『座りション派』である。)
 そして、そこには やはり「移乗台」というものが在り、それが彼女の身体状況を物語っていた。

 その後も、食卓では話に花が咲いた。
 最終的に、彼女は僕の提案を受け入れてくれた。連絡先を交換し、家事を手伝いに通う約束をした。


 帰りのバスの中では、僕らは並んで座ることが出来た。僕が窓側である。
「宮ちゃん、思ったより元気そうで良かった」
「おまえが居たからだろうな」
「どうだろう……?」
僕は、ずっと外を眺めていた。もう暗い。
 この雪の中、彼女が出歩くには……誰かが後ろから押してやるか、かなりパワーのある電動車椅子が要るだろう。
(ああいうのにも『冬タイヤ』ってあるのかな……?)
僕にとっては、未知の世界だ。
 修平が、背中を丸めたまま訊いた。
「大腿骨って……折れたら、治るまで どんくらいかかるんだろ?」
「折れ方によるね」
 僕は『正論』を返したけれど……彼女の脚はもう、そんなことを考えるような状態ではないだろう。
「気の毒になぁ……離婚して、仕事辞めて、帰ってきて早々、事故ったんだろ?」
僕は、その順序ではないと思う。
「メールで、怪我の話 無かったん?」
「んだ。今日のこと決める時になって……初めて知った」
「……宮ちゃんが札幌に帰ってきたのって、いつ?」
「去年の夏だな」
「怪我したのは……それより前だろ」
「なっ……なして、そんなことが……」
「あの家を見れば、判るよ……」
あの物件を選んだ時点で、彼女はもう足が不自由だったはずだ。そして……残念ながら、元のように治る見込みは無いのだ。
「独りの老後に備えて……良い家 買っただけでねぇのかな……」
 メールで彼女の希死念慮を受け止めてきたはずの人間が、何をそう頑なに「認めたくない」のか、僕には解らなかった。
「本人の口から話があるまで……俺は何も訊かないよ」


 脚がどうなっていようと、彼女の【本質】は変わっていない。
 そして、今日 会ってみて、はっきりしたのは……「僕は今でも、彼女が好きだ」ということだ。


次のエピソード
【3.告白】
https://note.com/mokkei4486/n/n2c938fa765e0

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