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小説 「僕と彼らの裏話」 3

3.告白

 僕は週に2〜3回、彼女の家に『ボランティア』をしに行った。高校生の頃に戻ったかのようで、純粋に楽しかった。

 彼女自身には難しいであろう、高い所の掃除や、風呂場の大掃除、買い物……頼まれれば、何でもやった。「食べたい」と言われたものは、喜んで作った。
 僕が通うようになってから、彼女は高校生に何かを依頼するのをやめた。


 ある日。一緒に昼食を食べて、僕が後片付けを終えた後。彼女は一人で寝室に居た。
 僕が食卓のところの椅子に座って、インターネット上のレシピ集を見ながら、修平の夕食について考えていると、彼女が、側までやってきた。
「坂元、あのさ……」
「ん?」
彼女は、再会した瞬間よりも、なんだか少し緊張しているようだった。
「これからも通ってくるって言う……あんただから、言うんだけどさ」
「何?」
僕は、スマートフォンをポケットにしまった。
「この脚……両方とも『作りもの』なんだよね」
「うん……」
「……もしかして、気付いてた?」
「うん」
「そっか……」
何日か通っているけれど、足先は まったく動かないし、本人が「血流」を気にしている素ぶりも無いから、そんな気はしていた。(『作りもの』というのは要するに、見た目だけ、あるいは「安定した姿勢で椅子に座るため」だけに造られた、大して機能性のない義足という意味だろう。)
「『本体』は、もう……ここらへんまでしかないんだ」
彼女がそう言って自分の脚に触れる。両方とも、膝より上で切断してしまったようで、特に右側が短い。
「車の事故って言ってたね……」
「そう…………旦那と喧嘩してさ。独りで高速乗って、ちょっとした『家出』して、帰りに……『多重事故』の巻き添えを喰って……」
僕は、何も言わない。
「なんかもう…………よく分かんない。気付いたらベッドの上で、脚が無かった……。それで、まだ傷も癒えてないうちに、旦那が『離婚届』持ってきた……」
「クズだな、そいつ」
「……私もそう思ったから、あっさり名前 書いてやったの」
(……毅いな。)
「そいつはね。何年一緒に居ても私が妊娠しないことが、ずっと不満だったんだ……それが、一気に爆発したんだろうね」
何も言ってやれない。
「良いの。別に。事故当日は『夫婦』だったから。保険会社は、ちゃんとやってくれたよ……」

 僕は、しばしの沈黙で応えた後、別のことを訊いた。
「その後……一人でローン組んで、こんな良い家買ったの?」
「これ賃貸だよ」
「あ、賃貸なんだ……」
家賃は、相当高いと思う。
「一応『年金』もあるし。……教員なんてさ。お金、使う暇が無いから、貯まる一方なんだよね……」
 元夫も、学校教諭だったらしい。

 彼女は、そのままタイヤの向きを変え、ベランダに続くガラス戸に近寄って、外を見る。今日も、外は真っ白である。
「この家は、すごく気に入ってるんだけどさ。やっぱり……出来ることなら、雪の降らない街に住みたいな。
 毎年毎年、一年の半分、閉じ篭もってなきゃいけないのは……やっぱり嫌だよ。身体が おかしくなりそう……」
 彼女は笑っているけれど、背中は丸く、目には涙が光っている気がした。
「あ、あのさぁ!宮ちゃん……」
 僕は、自分は本来どこでハウスキーパーをしているかを告げた。その街には、雪など ちらつく程度で、まず積もらない。(夏は、尋常ではないほどに暑いけれど……。)
「そうかぁ……冬でも、道が凍らないのか。素晴らしいね。どんなタイヤでも安心だ」
「俺は、もう……その先生が引っ越すか、亡くなるまで、ずっと そっちに住むよ」
「……先生が大好きなんだね」
「いや……」

「俺、宮ちゃんが好きだ!!高校の時から、ずっと……!」
「な、何よ、いきなり!?」
「休み明け、連れて帰りたいくらいだ……!」
頭の片隅で「何を言ってるんだ……」と、冷めた目で状況を客観視している自分が居る。
 しかし、僕はもう、この【衝動】を抑えることが出来ない。
「待って、坂元……どうしたの!?」
 僕は、座っていた椅子から降りて、彼女の側に正座した。先生や哲朗さんの前でやるように、手を着いて頭を下げた。
「宮澤千秋さん!僕と、結婚を前提に、付き合ってください!!」
「ちょっと……あんた、何言ってるか解ってる!?」
「解ってるよ!」
僕は頭を上げ、拳を膝に置く。
「私達、もう41だよ?」
「そうだよ」
「この歳で【結婚】って……もう『ガチの話』じゃん!老後のためのさぁ……」
「俺はガチだよ」
「……あんた、私の話 聴いてた?私はもう、脚が……」
「だから、一緒に雪の無い街で暮らそう!」
「あぁ……!」
彼女は額に手を当てる。
「あんたねぇ……病気で仕事休んでるような時に、大きな決断、しちゃ駄目だよ。元気になって復職してから、もう一回、ちゃんと考えな?」
「俺の気持ちは変わらないよ!」
「……ごめんね、坂元。熱い気持ちは嬉しいんだけど……今、決めることじゃないかな……」
さすがは元学校教諭といったところか。冷静かつ建設的だ。
「私だって、在宅で仕事してるんだよ……」
「テレワークなら、場所は他県でも良いんじゃない?」
「あぁ、もう……!」
彼女は、呆れたように上を向く。


 その後も、僕は懲りずに彼女の家に通った。彼女の在宅ワークの邪魔にならないように家事をして、食事のたびに、修平宅の隣に住む『師匠』のことや、本州での先生達との暮らしぶりについて、あれこれ語った。彼女は、いつも笑って聴いてくれた。
 もし仮に結婚すれば、毎日こんな感じなのかと思うと……僕は「最高だ」と思った。
 彼女は……どうだろうか?


次のエピソード
【4.僕は馬鹿だ】
https://note.com/mokkei4486/n/n9840940b17bc

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