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小説 「僕と彼らの裏話」 1

1.同窓会をしよう

 先生の ご厚意に甘え、僕はマッサンの居る温泉地での湯治の後、実質的な「オーナー」ともいえる善治の元を訪ねて近況を報告し、その後は故郷に帰っていた。「帰る家」が無い僕は、無償で【プロ級の家事】をしてやることを条件に、高校時代の同級生、修平の家に滞在していた。
 彼は、僕が高校時代に貸した漫画を25年以上も大切に保管してくれていた。本当に善い奴だ。しかし、彼も相変わらず独身で、僕と違って健康体ではあるけれど、いわゆる『社畜』だ。彼は、造園会社に勤めている。若い頃は、市内の公園やサッカー場で植木や芝生の管理をしていたけれど、今は本社の総務部に居る。中間管理職だ。

 彼はいつも、夜9時頃に帰ってくる。僕は、それまでに家の中を掃除して、洗濯をして、夕食を準備して……薄情なようだけれど、自分は先に食べてしまう。さすがに待っていられない。
 先生の家ほど、馬鹿丁寧に仕事はしない。
 そして、僕は ここでは心置きなく、豚肉や他の畜産物を食べる。酒も それなりに飲む。

 その日も、修平は夜9時過ぎに帰ってきた。汗臭いスーツから部屋着に着替えた彼が、ビールを飲みながら夕食を食べている横で、僕はテレビドラマを観る。ありきたりな刑事ものだ。
 おもむろに、修平が切り出す。
「そういや、おまえ……宮澤って、憶えてる?高2の時、同じクラスだった……」
「あぁ。憶えてるよ」
僕は努めて涼しい顔をして答えたけれど、それは、当時の僕がずっと片想いしていた女子の名である。彼も、それは知っているはずだ。
「いきなり、何だよ」
「あいつ、さぁ……内地で中学校の先生してたんだけどさ。……辞めて、こっちに帰ってきたんだよ」
「へぇ……。え、連絡取ってんの?」
「俺、あいつのTwitterフォローしてる」
「マジか!……え、そんな、誰か分かるようなアカウントなん?」
「んだ。すげぇ細かいローカルネタとか、仕事の話とか……家の【宗教】の話とか、たくさん書いてあって……DM送ってみたんだ。したら……本人だった」
「よく、そんなんにメッセージ送ったな!?」
よほどの確信があったのだろうか。
 僕が彼女との交際に踏み切れなかったのは、その【宗教】に対する警戒心があったからである。当時の僕は、彼女の容姿や性格にとても惹かれていたけれど、彼女の両親は とある新興宗教の信者で、学校内では「あいつと深く関わったら入信させられる!」として、男子は基本的に 彼女には近寄らなかった。本人は勧誘じみたことは何もしていなかったし、何人かは女子の友達が居た気はするけれど、それでも やはり数は少なかったと思う。
「あいつは……大学を出る時に、一人で教団を抜けたから、その後すげぇ苦労したんだ」
「そ、そうか……」
それなら、少なくとも入信させられる心配は無さそうだ。
「えっ……。なして、今そんな話?」
「あいつもさ……かなり、精神 参ってるみたいでさ。何とかしてやりてぇんだけど、俺も『社畜』だからさ……なかなか時間がねぇのよ」
山盛りの米とレバニラ炒めを食べながら、至って真面目な顔で言う。(40歳を過ぎて尚、理解に苦しむほど食欲旺盛な彼の体重は、100kgを超える。)
「いや、おまえがどうにかする事か?……医者とか、役所とかでねぇの?」
「おまえ……当分こっちに居るだろ?」
「居るけどもさ」
「おまえ……精神の病気とか、薬とか、詳しいだろ?」
「いや、もう……今どきのことは、よく知らねぇよ。辞めてから、何年になると思う?」
 先生や悠介さんからの依頼なら、職業であるから、調べ直してでも然るべき対応をするけれど、同級生の私生活にまで介入する余力は無いし、僕はそれについて【責任】が持てる立場でもない。
「そっか……。そうだよな。
 けどさ、やっぱ……話し相手にくらいはさ、なってやってほしいんだ」
「いや、俺カウンセラーでねぇし……なして、おまえが、そこまで気にするんさ……?」
「……やっぱ、同級生が自殺なんかしたら……嫌だろ」
彼女が自死をしたら……確かに、僕も悲しい。
「メールか何かで……そんな話すんのか?」
「……まぁな」
修平は、ビールを複数本空けているのに、ずっと暗い顔をしている。疲れているだろうし、日頃の彼女と交わすメールの内容が、相当シリアスなもの なのだろう。
 ドラマの中では、殺人現場で女性が血だらけになって死んでいる。主人公の刑事が、遺体の写真を撮り続ける鑑識に「鈍器で頭を殴られたのだろう」と話している。
「おまえはTwitterやってねぇの?」
「やってねぇんだわぁ……」
僕は、嘘を吐いた。(本当はアカウントを3つ持っている。)
 とはいえ、LINEのやりとりであれば、やぶさかではない。
「……今度、3人で【同窓会】しねぇかって、誘ってみるわ」
修平は、僕が彼女を好きだったことを知っているからこそ、再会させようとしている気がする。
「え、宮澤ってさ……独身?」
「離婚したってよ」
「……子どもは?」
「居ないみたいだ」
「そうか……」
 彼女は、本当に「独り」で地元に帰ってきたようだ。【宗教】の関係で、親や親族を頼るわけにもいかないのだろう。


 翌日。修平が仕事に行っている間、僕は一人で少し遠出をした。買うかどうか迷っている車種をレンタカーとして借りてみて、使い勝手を試した。そして、少し値が張るけれど、久しぶりに道の駅で、良い昆布や しじみを買いたかった。
 目的地に向かう途中で、懐かしい川沿いを走った。
 昭和の中頃までは、この川は真冬には完全に凍り、氷上を歩いて渡ることが出来たと云われている。……今は、そこまで頑丈な氷は張らない。
(そういえば……悠介さんが この川に落ちる夢を、見たことがあるな……)
 4〜5年前のことだろうか?その夢を見た後、彼は うつ症状が急激に悪化して、更には頻繁に熱を出して寝込むようになり……毎日 泣いていた。先生は、彼が過去を悔やんで【情動失禁】をするたびに、優しく頭や背中を撫で、あるいは手を握り、時には抱きしめ、何度でも、彼の後悔や希死念慮を受け止めた。
 その時すでに、先生は彼を単なる友人ではなく【伴侶】として迎え入れる決意を固めていたように思う。
 僕は、彼が心身共に「健康」だった頃から知っている。彼は、僕よりも遥かに身体能力が高く、腕の立つ職人として、また社長の後継者候補としての「誇り」と「自信」に満ち溢れた人物だった。
 その彼が、別人のように……まるで、高熱にうなされる幼児のように、こたつや布団の中で ぐったりと横たわり、力無く涙を流す姿を何度も見て、僕は改めて【病魔】というものの恐ろしさを知った。
 その後、彼は先生と哲朗さんの尽力で元気を取り戻したけれど、やがて「双極性障害」の診断を受けて、今では『身体』と『精神』2つの【手帳】を持っている。

 修平から、彼女が「参っている」と聴いて、似たような光景が頭に浮かんでしまった。高校生だった頃の、若い彼女のイメージのままだけれど……。
 もし、彼女が本当に泣きながら暮らしているのなら、僕は…………どうしてやればいいのだろう。20年以上会っていなかった、単なる「同学年の男子」に、何が出来るというのだろう。

 冬の札幌は、白い。
 それでも、街は動いている。店は開き、物流は止まらない。
 人だって、しっかりと自分の足で歩いている。


 目指していた道の駅に着き、激務に追われる友人のために、栄養価の高い海産物や、冷凍の羊肉を手に入れる。冷蔵庫の空き状況は確認済みだ。
 更に、復職をする際には先生宅に宛てて道産の食材を送りたいので、それに目星をつける。
 買い物を終えたら、先生を真似てリュック型のエコバッグに買った物を詰め込み、入りきらない物はダンボール箱に詰め込む。
 それを車に積んで、来た道を引き返す。


 車を返して修平の家に帰り、買い込んできた食材を、独断で台所の冷蔵庫や戸棚にしまっていく。
 家主が帰ってくるまでの時間帯、たまに来客がある。隣の部屋に住んでいる、僕の『師匠』だ。
 僕が精神疾患で休職していること、この家に長期滞在していることを知っている『師匠』こと通称「部長」は、学生寮の隣の部屋みたいに、気軽に この部屋へ やってきては「遊びに来い」とか「飯を食いに行こう」と誘ってくれる。時には、炊飯や探し物を頼まれる。僕は、嬉々として部長の目になる。
 この日も、部長は仕事終わりに訪ねてきて、夕食を作っていた僕に「後でうちに来い」と言い残して去っていった。
 今は弁当屋で働いている部長は、店で余った おかずを多量に持ち帰ってきては、僕らに分けてくれる。全盲であるため「自分で料理をするのが難しい」という大義名分を掲げ、マニュアル上は廃棄しなければならない食品を、店長の了承を得て持ち帰ってくるのだ。(本当は、部長は音や匂い、菜箸から伝わる感覚を頼りに、それなりに料理が出来る。)
 僕らは、それを食べて腹を壊したことはない。いつも美味しく頂いている。

 自分で作ったおかずの一部をタッパーに入れて持参して、隣の部屋で「ばくりっこ しましょう!」と言って、部長が持ち帰った おかずと交換して食べるのが、もはや恒例となっている。
(※ばくりっこ……北海道弁で「取り換えっこ」に相当する表現。)

 この日も、僕は つまらない煮物と引き換えに、美味い唐揚げを手に入れた。(部長の勤務先の唐揚げは、本当に美味しい。)
 部長宅の居間で、2人で夕食を摂りながら、他に話すことも無いので、僕は「修平の発案で、近いうちに同級生の女子を交えた3人で【同窓会】をするかもしれない」と話した。
 部長はそれに興味津々で、更には「おまえらのどっちかは、その女子が好きだったんだろ!?」と言い当てた。それが僕のほうであることにも、勘づかれてしまった。
「やっぱり、そうか!!」
「いやぁ……大昔の話ですよ?」
「良いじゃないか!それでこそ【青春】だ!!……その当時は、告白しなかったのか?」
「結局……卒業まで、片想いのままでした」
「なんでだ」
 僕は、そこで彼女のことは何も語らず、自分の父親が急死したことを「理由」として告げた。
「そうか……。そりゃあ、そんな浮かれた事が言ってられる時期じゃないな。お袋さんが大事だもんな」
「はい……」
「でも……今、逢えるなら……良いな!向こうも独身なんだろ!?」
部長は、一転して笑顔に戻る。
「は、はい……」
「次は……ぜひとも、楽しい報告が聴きたいな!」
「まだ、どうなるか分かりませんよ」
会えるかどうかすら、分からないのだ。


 修平の部屋に戻り、タッパーを洗って、風呂上がりにアイスを食べながらアニメを観ていると、家主が帰ってきた。
 入ってくるなり、彼は例の件について話し始めた。
「連絡ついたぞ。宮澤と」
「おぉ。そんで?【同窓会】は、OKしてくれたん?」
「んだ。……だどもさ。あいつ、今……脚、怪我してるらしくてさ。雪の中、出てこれないって言うんだ。だから……あいつの家で、飲もうかと思う」
「マジか。……わかった」
 その後、2人で「場所は分かるか」とか「何を食おうか」とか「おまえが作れ」と言いながら、当日に向けた打合わせをした。
 その間、修平は あの唐揚げを含む夕食を食べる。今日の彼は、土の匂いがする。温室内かどこかの、植物のある現場に出たのだろう。
「なんか……緊張してきたな」
「なしてさ!」
僕が素直に心境を述べると、修平は箸を手に笑った。
「いや、だって……23年ぶり?くらいだろ。どんなんなってるかな……」
「俺だって、そうだよ!会うのは卒業以来だ」
「元気だと良いな……」
「んだ」


次のエピソード
【2.再会】
https://note.com/mokkei4486/n/n687ec4a0af94

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