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龍の背に乗れる場所 11

 自分の居場所を確認する作業は大変だ。しかし見方を少し変えれば、そんなに難しくないのかも知れない。

「木炭って網の上で良かったのか?」

「ミキ、おやさいならべるよー」

「うわっ、皿が飛んで行く! 紙製品はこれだから駄目なんだ!」

 結果から言えば、このメンバーの誰もがバーベキューをした事が無く、誰もが他人任せにしようと目論んでいたのだと思う。

 かく言う私もその一人で、慎吾辺りが多分知っているので丸投げしようと思っていた。

 もうすぐ九月が始まると言うのに猛暑日は続いており、そのせいなのか近所の河原は人で溢れていた。

 ボール投げやバトミントンをする親子もいたし、川へ入って燥いでいる子供達もいる。釣り人も居たし、私達と同じくバーベキューをしている人も沢山いた。

 私の呼びかけでバーベキュー大会に参加してくれたのは六人。
 ミキとタクミのカップルに、茂木と慎吾、アナルゥ、そして何と女性警察官の麗子まで来てくれた。

「バーベキュー大会って、食べるだけでいいのかしら」麗子が言った。

「いいんじゃないかな。俺としては美人の隣にいられるだけで満足だけどな」

 慎吾は此処に来てからというもの、やたらと麗子の回りをチョロチョロしている。このクソ暑いのに背広姿を崩さないポリシーは立派だと思うが、その内側に見え隠れしている下心はいただけない。何時か麗子に、別の意味で捕まってしまえ。

「ああっ、ミキちゃん、それは駄目だ! それはエンマコオロギと言う、直翅目・コオロギ上科・コオロギ科に分類されるコオロギの一種で日本最大のコオロギなんだ。一見ぷっくらしていて美味しそうだが、食べ物では無いよ。いや、網で焼いたらいけるのか……」

 茂木とミキは準備をしているのか遊んでいるのか分からないが、ともかく楽しそうに会話をしている。何もかも対極の気がするこの二人は、もしかしたらどこか通じ合う物があるのかも知れない。

 その後ろで、折りたたみ椅子に座りながら微笑んでいるタクミは、今日も以前会った時と同じく両目辺りに包帯を巻いている。夜に光るシールは流石に貼っていなかったが、それでも秘密結社と戦っているダークヒーロー臭がプンプンだ。彼は一体何処を目指しているのか。

 私はアナルゥが持ってきた大量の牛肉ブロックを、一口サイズに切り分けながら、そんなメンツの奏でる光景を見つめていた。

「偶にはこういうのも、良いわね」

 私が切り分けた牛肉ブロックに、香辛料をまぶしながらアナルゥが言ったので、「そうだね、何だか凄く楽しいよ」と答えながら牛肉の筋を切った。それにしてもこの肉塊は何キロあるのか。

 彼女にすれば、足りないよりも余る方が良い、という考えだったのだろうが、ざっと見ても七人で食べ切れる量じゃない。バーベキューと言うより、これだと焼肉パーティーみたいだ。

 ・

 準備が整ったところで、全員が缶ビールを持ち、何故かタクミが乾杯の音頭を取った。

「えーと。皆さん初めまして。僕はこんな感じで目は見えないけれど、皆さんの楽しそうな雰囲気は感じる事が出来ます。今日のこの集まりは、普段外に出ない事が多い僕にとっては、とても刺激的で良い思い出として残ると思う。また次回がある事を期待して、乾杯の音頭を取らせていただきます。乾杯!」

 みんなの乾杯の声が重なり、それからは楽しく、ワイワイと賑やかな会話が続いた。私は今まで頭を覆っていた霧が、少しづつ晴れて行くのを感じた。

 大切な仲間が出来たのだ、と、そう思った。

 自分は孤独で、何処か特別で、周囲の人間は馬鹿で、こんな世界に産まれた事を不幸だと思っていたが、満更でも無いかも知れない。

 誰だって独りは嫌だ。孤高を気取ってみせても、胸の奥では、何処かで交流を望んでいる。独りが好きな人なんていない。

 独りが好きなのは、好きなんかじゃなくて、その選択肢の響きに憧れていたり、過去に人間関係で何かあって臆病になっているだけだ。

 私もそうだ。でも、今、少しだけコツが分かった。謎謎だって、ゲームだって、料理だって、ちょっとしたコツとバランスなのだ。

 こんなアル中で内蔵が腐っていて、脳みそが縮こまっている私でも、此処に、この場所に、到達する事が出来た。

 この企画を提案してくれたアナルゥには、心から感謝しなければいけない。

 皆で、一つの時間を過ごし、和やかな雰囲気のまま夜になった。明日は仕事のある人も居るので『お開き』になったが、その前に記念写真を撮ろうと言う事になって何枚か撮った。

 デジタルカメラの画像で見る私は、それまで鏡でしか見た事のなかった自分とは別人で、凄く楽しそうに笑っていた。

「またやろう」

 そう約束して、私達は各々の帰途に着いた。

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 帰り道、二人きりになるのを見計らったように、アナルゥが私の手に何かを握らせてきた。

 それがマンションの合鍵だと直ぐに気付いた。ディフォルメされたドラゴンのストラップが付いており、その目は此方に向かってウィンクしていた。

「カオル、何時でも来てね!」

 そう言って恥ずかしそうに、手を振りながら、アナルゥは帰っていった。

 私は興奮していた。何だか解らない気の昂ぶりが体中に充満していた。まだ始まったばかりだけれど、大切な仲間が出来た。少し普通とは違うけれど、見方を変えれば、新たな恋人も出来たと言える。

 今日は私の人生で、最も意味のある日に違いない。

 家に帰った私は、興奮冷めやらぬ内に全裸となり、思うまま胸へ指を這わし弄った。

 終ぞや経験した事のない快楽が全身を襲い、私は産まれて初めての絶頂感を味わった。

 窓の外、月明かりの下、羽虫達が境界の狭間で繰り広げるダンスは、曙まで休むことなく続いていた。