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誘いの館

ショックだ。俺は年季の入ったバスの待合所で呆然とした。

6時間も山を歩いたので、疲れて帰ろうと思ったらバスが無い。まだ2時半なのにとっくに最終バスが出てしまっていたらしい。

俺は元ラガーマン、38歳の会社員だ。妻は娘と一緒に出かけたので、今日は一人で趣味の、低地の山歩きに来た。
下調べをしてこなかった俺が悪いのだ。仕方ない。駅まで歩いて帰るか。

待合所を出た俺の足先が、赤い封筒を蹴り飛ばした。

慌てて拾いあげ、封がされていなかったので開けて中を見てしまった。
金銀の箔で飾り付けられた凝った造りのメッセージカードが入っている。

『招待状
 ご来館をお待ちしております。
 二〇二〇年○月○日 ホテル夢幻館』

ホテルむげんかん? 日付は今日。招待客の落とし物のようだ。失くして困っているんじゃないだろうか。

同封の地図を見るとこのバス停からすぐ近くだ。届けに行ってやろう。喫茶室でもあればついでに一服できるしな。

山道を登ると、すぐに洋風の建物が見えてきた。さっき通った時は気が付かなかった。
扉を開けると、そこは豪華な玄関ホールだった。白い壁。ロココ調の家具。ふかふかの絨毯。煌びやかな照明。レトロで美しいホテルだ。

誰もいないフロントに箱が二つ置かれ、その前に置かれたプレートには、
『招待状を右の箱の中にいれ、左の箱の中の部屋の鍵をお取りください』
と書かれていた。

困ったな。俺は客じゃない、と説明する相手がどこにもいない。ホテルの人間も、招待状の客も人っ子ひとりいない。

指示に従って鍵を取り、二階に向かった。

並ぶ客室のひとつを恐る恐る開けた。
天蓋付きのベッド。金のレリーフの入った家具。美しいデザインのアトマイザーが並べられた化粧台。ベルベットのカーテン。

こんな華やかな部屋……大好きだ!!

刺繍入りの布団に触れ、子供の頃を思い出す。

父は俺にラジコンやおもちゃの銃を買い与えた。俺は本当は着せ替え人形や化粧道具が欲しかった。でもそれはいけないことだとわかっていたから、ずっと自分を殺していたんだ……。


目が覚めて飛び起きた。いつの間にか寝入っていた。部屋も窓の外も真っ暗。今何時だ? 俺の荷物は? ホテルの人に詫びないと……。

俺は灯りを探した。空を切っていた手に何かが触れ、その瞬間、ランプが鮮やかな傘の模様を部屋中に映し出した。

幻想的に浮かぶ鏡に映る、俺。それは今まで見たことがないくらい、優しい顔をしていた。

他の部屋から笑い声が聞こえる。


ここは居場所の無い孤独な者たちが最期に辿り着く幻想の館なのだ。

館に招待された者は、もう苦しまなくていいのだ。

そう悟った俺は、ベッドに深く身体を沈ませた。


「次のニュースです。昨日山に入った男性が帰らないと、家族から通報がありました。この山では以前から行方不明者が多く、警察では関連を調べています……」


〈終〉

写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)



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