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いのちのすみか

商店街の看板が揺れている。

「地震だ!」と、誰かが叫んだ。

宙史(ヒロシ)はとっさにしゃがみ、地面に手を付いた。通行人たちも、小さな悲鳴をあげながらジッと恐怖に耐えている。

揺れはすぐに収まった。と、そこへ、宙史の顔を掠めるようにツバメが横切った。店の軒下の巣の中で、4羽のヒナが大きく口を開け、ピーピーと鳴いている。
小さな命の存在に宙史の心は落ち着き、気を取り直して空港へと急いだ。


2030年。種子島(たねがしま)宇宙センターで、日本で初めての有人ロケットの打ち上げが行われる。そして宙史は、幼い頃から夢見た、宇宙飛行士になる。
宇宙ステーションへの物資の運搬や実験等で、1ヶ月の滞在の予定だ。
ここ数年の頻発する地震で出発は遅れたが、とうとうその日がやってきた。
 
小学生の頃に見た、家族で訪れたキャンプ場での降るような星空。

チカチカと瞬く星たちは、まるでモールス信号で地球に話しかけているかのようだった。
宙史は思った。宇宙から地球はどう見えているのだろう。

もちろん、宙史も映像で見たことはあるが、自分がこうして地球にいる以上、今この瞬間の本当の地球の姿は見えない。
地球も他の星々に向かって話かけているのだろうか。

自分の目で確かめたい。
宇宙の秘密に少しでも近づきたい。
そう強く願った。
 


あれから20年。とうとう夢が叶った。

仲間たちと発射台に乗り込み、カウントダウンを待つ。

体に圧がかかる。あっという間だった。

青い地球。
映像で見たものと同じだ。

いや、所々に血管のような真っ赤な筋が見える。汚染された川だろうか。それにしても広範囲だ。なんだかおかしい。

宙史は地球へ報告した。
地球からの通信が混乱している。

どうやら発射直後から、地球は大地震に見舞われているらしい。その災厄の正体を、宇宙空間から見ていた宙史たちだけが理解した。

真っ赤な筋はどんどん拡大していった。それはマグマの色だった。大地が割れて地球の中身があふれ出てきたのだ。 

ぼろぼろと地表が剥がれ落ちていく様を呆然と眺めていると、北極圏が蓋のように割れ、中から目玉のついた頭が出てきた。

そう。地球は、星は、宇宙に住まう巨大な生き物の卵だったのだ。

1匹の何者かの丸まった胴体が伸び、蛇のようにニョロリと宇宙空間に出て、羽を広げ、銀河の果てに消えていった。そして……。


地球は崩壊した。


〈終〉

写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)



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