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BLIXENのストーリー

こちらが現在デンマーク王立バレエ団で上演されている、BLIXENのストーリーです↓

カレン・ブリクセンは、1885年にデンマークの海沿いの町、ルングステッズの名家に生まれました。本名は、カレン・クリステンツェ・ディネーセン。父親は元軍人で作家であり政治家でした。その最愛の父が、カレンが10歳の時に自殺します。

 やがて、カレンはコペンハーゲンやパリで絵画を学び、短編小説を投稿し、詩作します。そんなカレンの心にあったのは、自由への憧れでした――「囚われの私の心が歌うのは/ただ翼のこと、翼のこと」

 1913年、カレンは親戚のブロル・ブリクセン男爵と結婚。ブロルはアフリカでの農場経営を夢見、翌年2人は新天地へ渡ります。憧れの翼を得たカレンは、夫と英国領のケニアでコーヒー農園を始めますが、栽培には適さない土地でした。「この高地で朝目がさめてまず心にうかぶこと、それは、この地こそ自分の居るべき場所なのだというよろこびである」――農園の経営がうまくいかなくても、余りある美しい大自然がありました。しかし、カレンは夫から重い梅毒をうつされ、2人は離婚。夫は去りますが、カレンは一人広大な農場に残り、終生ブリクセン男爵夫人と名乗り続けます。

 そして、親密になったのが英国貴族のデニス・フィンチ=ハットンでした。サファリに明け暮れ、その合間に農場に滞在するデニスとのひと時は至福に満ちたものでした。

 しかし、ついに農園は破産。さらにデニスを飛行機事故で亡くし、その2か月後の1931年。46歳のカレンはアフリカへ別れを告げます――「無一物となったとき、私は運命によってやすやすと取りのぞかれる、軽やかな存在に変身していた」

 こんな気丈な言葉とは裏腹に憔悴しきって故郷に帰ったカレンは、母親に小遣いをもらう生活に焦りを感じます。生きる意味を模索する中、かつてデニスがカレンの話す物語を楽しみにしていたことを思い返すのです――「農園にくると彼はこうたずねる。『なにか話ができた?』デニスがいないあいだ、私は沢山の物語をつくっておくのだった」

 こうして、カレンはデニスに語りかけるように英語で古の物語を紡いでいきます。いくつもの出版社から断られた末に、アメリカでアイザック・ディネーセンという筆名で『七つのゴシック物語』が出版されたのは、1934年のことでした。

 そして、別世界へと飛翔するつづれ織りのような物語が大評判となったのです。3年後には、自伝的小説『アフリカの日々』を発表。1954年にノーベル文学賞を受賞したヘミングウェイに「私よりもディネーセンこそ、この栄誉にふさわしい」と言わしめる作家となったのです。「全ての悲しみは物語。そう思えば、耐えることが出来るでしょう?」――まさに物語のような波乱の人生を生きたカレンの言葉です。

先週にプレミア公演が終わり、今週から次の10月末にプレミア公演を控えているDans2Goというトリプルビルのリハーサルが始まりました。
私はコンテの作品に入っているので、ガッツリコンテンポラリーです💦すでに身体のあちこちが痛いですが、残りの10回公演のBLIXENを何とかやりきります!

お気に入りの衣装!
公演前のウォームアップ!

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