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とあるホテルの日常③

「支配人、昨日はえらい事しましたね。」


副支配人だ。


 実はホテル内は「足の引っ張り合い」の所も多い。

 この副支配人も自分が上に上がる為に、支配人に嫌味を言う。

 新人スタッフが辞める理由は、大体が人間関係だ。


「こんな事して、本社に報告しますからね。」


 あい変わらず、嫌味な奴だなと思いつつ


「結構ですよ。どうぞ報告してください。1日の赤字より、常連客を逃す方が利益に繋がらない。君もそう思わないかね?」


 副支配人は、フンッとカウンターに出ていった。


 私は、実力で支配人になった訳ではない。

 全ては「人望」に尽きる。


 ハウスキーパーの人は、大体がアルバイトで、賃金が安い…それでも頑張っている。

 そんな人達こそ大事にし、ねぎらいも忘れない。


 新人スタッフには、付きっきりで教える。

 接客のイロハ、テクニックも教える。

 部下の失敗は自分の失敗と、一緒に謝る。

 決して怒らない。今後の対応を一緒に考える。

 そんな事を繰り返し、支配人に登り詰めた。


「そんな地位を、やすやす渡してたまるか!

そんな事をすれば、ホテルがめちゃくちゃになってしまう…」


「支配人、大丈夫ですか?」

 そう、心配してきたのは立川だ。

 この子は、高校を中退後、さまざまな職業を経て、

 このホテルで働いている。


 実はホテルマンと言うのは「総合職」と考えている。

 今までの経験を積んだ人材こそ、いざと言う時に対応が早い。なので、立川は将来、有望と言える。


「ああ、大丈夫だ、心配させてすまなかったな。」

 肩をポンポンと叩き、支配人室へと向かう。


「相変わらず、支配人室は好きになれんな〜」

 他のスタッフと同じ机で仕事がしたいもんだ。

 その方が、部下とのコミュニケーションもとれるし、何と言っても支配人の仕事を見せる事によって、部下の成長につながる…


 とは言え、機密事項もあるし、ジレンマ…


 仕事を手早く終わらせ、フロントがある事務所へ戻って来たら、スタッフが、顔を真っ青にしている。


「何かあったのか?」


 一人のスタッフが声を震わせながら

「机の下に予約表か落ちてまして…20名の団体客の予約客なんですが…今日も満室で…」


「おやおや、大変なことになりましたな〜」

 副支配人がニヤニヤ笑いながら事務所に入ってくる。


「お前、まさか…」


「さぁ、なんのことでしょう?」

 と、笑いながら出ていった。


「今から今日、宿泊のお客様に電話しろ!確かに今日チェックインするかだ!

 シングル2部屋の予約客はツインの部屋に案内できるか確認しろ!値下げやオプションサービスをつけるかは、任せる!

 他のホテルにも電話しろ!空室があれば、今から押さえるんだ!頼むぞ!

 私は団体客が大部屋でも良いか確認の電話を入れる!」


 スタッフ全員が電話を取った。


 団体客の幹事の人に電話を入れる。

 直ぐに電話口に出てくれた。


「お忙しい所、申し訳御座いません。私、陽光ホテルの支配人を務めさせてもらっております、鈴木と申します。」


「あっ、お世話になっています!今日は楽しみにしております!」


「実は、お客様にはもうしあげにくい話なのですが…」


 ここは、素直に話すしかない。変に取り繕うと、ややこしい方向に話が進んで行ってしまう。


「そういう訳でございますので、手前の勝手とは重々承知いたしておりますが、よろしいでしょうか?」


「ああ、構いませんよ!こちらも予約の仕方が解らなかったから全員の分をシングルで予約しましたので。」


「ちなみに、ご予約は旅行サイトからですか?」


「いえ、電話です。」


「担当の者の名前は覚えていらっしゃいますでしょうか?」


「名前までは覚えていませんが、副支配人と言っていましたよ。」


「左用でございますか。では、お着きをスタッフ一同、お待ちしております。」


 電話を切った…助かった。


 事務所に戻り、スタッフに声をかける。

 改めてアサインし直すと、5部屋余る事になった。


 …おかしい。

 いつもの副支配人なら、自分の取った予約は真っ先に押さえてしまうはず…なのに、何故今回はそれをしなかった…


 副支配人を支配人室に呼ぶ。


 ドアをノックし副支配人が入ってくるやいなや


「いや〜、無事に丸く収まってよかったですな〜」

と、手を叩きながら近づいてくる、


「スタッフ全員のおかげだよ、それよりも、あの団体客の予約を受けたのは君だったんだね。

 いつもは、先にアサインしてしまうのに、今回は何故しなかったんだい?」


「あれ?してなかったですか?忙しかったので、忘れていたのかもしれませんね〜」


「それにしても、予約表を落としたことに気づかず、アサインをしてしまった夜勤の者、また今回の事が起こるかもしれないと確認をしなかったスタッフ、その代表の支配人にも責任があると思うのですがね〜」


 疑いは確信に変わった…しかし証拠がないので、何とも言えない。


「まっ、今回の事は本社に報告するとして、とりあえずは、大事にならなくてよかったですね、シハイニン。」


 そう言うと、笑いながら出ていった。


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