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自分の中でもまとまってないんだけど、そのまんまを共有する

こんにちは、本田蒼風です。

今年の一年を振り返りたくもなる時期となりました。
クリスマスが終わったら、一気に年末年始に気持ちが向きます。

さて、今年はというと、
私にとっては「振り返りからの、迷走、そして爆走、そしてまた迷走」の一年でした。(笑)

もはや、どこを走ってるの?っていうか、そんなに走れて逆に凄いわ。

と自分で自分の新たな一面を垣間見ることができたという点では、
ここ最近で一番楽しい年でした。
ふ~走り続け過ぎて息切れが…(++)

1月に予定していた海外での大きなイベント出演が飛び、そこからピタリと今までの活動が停止。
これは私だけでなくかなり多くの人が経験したことだと思うのですが、
その強制停止のあと
「もう一度、今までの流れを取り戻すぞ!」
という気持ちにならなかったことから、私の迷走時期は始まりました。

「強制的にとまったのも何かの運命。さて、ここらで自分の棚卸しでもやるかな。」

そう思い立った私は、新しい未来へ目を向けるのではなく、
今までの自分自身がたどってきた経過、そして現在までの流れを順を追って観察する…という時間を取りました。

2019年にマレーシアジョホールバルに半移住生活をし始めて、本格的に海外拠点で活動拡大をと考えていた矢先の強制停止。

焦ってもおかしくない状況なのに、
私はなぜか未来が止められたことを再開する活力よりも、
過去の自分を棚卸しせねばいけないような気がしたのです。
私と同じような心境になった人も結構いたようだ…ということを後になって知りました。
外的な要因で強制的に動きを止められると、人の心理的にバランスを取る為なのか、自分の内側に矢印が向きやすいのかもしれませんね。

そんな棚卸しをしはじめたら、ここ数年間、活動の拡大、順調にいっているかのように見えたことの中にひっかかっていた「違和感」に気づいてしまい、「これはますます、この延長線上に未来を描くのは何か違う」というような気がしてしまいました。

それと同時に、本当に私がやりたかったことは、
活動当初15年前から何にも変わっていなかったことにも気が付きました。
でもその「一番やってみたかったこと」ではないことに力を注いだ時期も結構あったことに改めて気が付いて一瞬はドドーン…となりました。

が、ものは考えようだ!

これをいいタイミングに、もう一度、やりたいと思っていたことに全力でむかってみようじゃないか!

自分を鼓舞するように言い聞かせ、
さて、ではどこから手を付けようかと考えました。

私は書家として今まで活動してきました。
作品を制作して、世に送り出すことが私にとっての「最もなじみあるアウトプットのスタイル」でした。

でも…何故か今回は、
「今までの書表現では言い切れないところも自分自身で一度救い上げる必要がある」と思いました。

慣れ親しんだ表現ではないところに自分の身をさらしてアウトプットしなければ、またこの数年間でつくられた(または単純に自分が勝手に枠があると思い込んでいた)範囲内でしか自分の本音を出さないで、またもと来た道の延長を歩きはじめてしまうのではないか…と。

それで、私はどこの誰に見せるかもわからない【小説】を書き始めました。
内容は自分の活動してきたことを振り返りながら気が付いたことを拾い上げていくような内容だから、すぐにストーリー展開が浮かびます。

とりあえず書き始めました。
人生で初めて「小説」を書いている自分が、何だか不思議な感じで少し笑えます。毎日、毎日あーでもない、こーでもないと頭を抱えながら、それでもどうしても一度最後まで書ききってみたい。
結局書き始めてから半年ほどかかり、A4用紙みっちりで100枚を超える結構しっかりな小説が出来上がりました。

でも、私は途中で気が付いていました。

「小説をなめたら、あかん。」

これを誰かに読んでもらうのは、申し訳ないと思うほど、
語彙は足りないし、表現描写、話の展開もいまいちです。

でもそれでもいい。
とりあえず「まとまりきっていないそのまんまの状態をアウトプットする」
それこそが、今の自分に一番必要なことに思えたので、書き終えるところまでは走りきろう!と必死になりました。
最後の最後には、主人と子ども6歳に無理をお願いして、私はホテルに缶詰めになり、まるで本物の小説家さんのようになって朝夜も関係なしに、とにかく納得いくまで書きました。

で、書き終えてみて感じたこと。

「あ~~~~小説では、私の技術的な部分があまりに足りてなさ過ぎて私が描きたい頭の中の世界観は伝えきれない!」

ということ。

ただ、やってみてよかったのは、
小説という形をとりあえず最後まで書ききってみたことで、自分自身が何を伝えたいのか、その輪郭が以前よりはっきりしてきました。

「まだ逆に無駄な言葉が多すぎる。」

そこで次に選んだのは、もっともっとそぎ落として誰もがす~っとわかりやすい表現でやってみたらどうだろうか…?

そこで考えたのが4コマ漫画。
話のキーポイントだけを、とにかく4コマ漫画にまとめていってみる。

がしかし、ここでも壁にぶつかります。
起承転結で描く世界の難しさ。
要素が多すぎてもおさまらないし、4つ目のオチの精度が低いと、
もはや小説の方が伝わるのでは?という感じになってしまう。

この状態を友人に相談したところ
「じゃあ3コマにしてみたら?」

といわれ、早速やってみたら4コマより断然まとめやすい。

小説では拾いきれなかった部分が、絵が入ることにより補えるし、
要素だけを凝縮していく作業は、さらに私の頭をクリアにしてくれます。

それをしばらく続けたある日…。

あ~~~~~~~~!!3コマじゃ書ききれない!

結局私は自分の伝えたいことが3コマに込められないことにフラストレーションを抱えていました。

そして鬱々としていたある日。

「音声配信が凄く簡単にできる」ことを知ったのでした。

もーこうなったら話すしかない!!

(笑)

そして始めたstand fmの「本田蒼風のMOJIKARA Radio

何とアウトプットの様式変えて3つ目。(笑)
もう迷走を通り越して、遭難に近い状態です。

でもまだ初めて2週間弱ですが、
小説、3コマ漫画よりも
情報量多めでアウトプット出来ていて、単純に気持ちがいいです。www

そしてそれ以上の気づきは

その迷走期間(とも感じられる)状態を
そのまま他者に公開する形でのアウトプットとして発信している人たちが沢山いることの面白さです。

音声配信自体が、まだまだこれからなコンテンツだということもあるかもしれませんが、本当に多種多様な方々がチャレンジをしていて、

「あの~なんていうか、うまくまとまってないんですけど…」とか
「自分でもまだよくつかみきれてないんですけど…」とかいいながら、
日々頭に浮かんだことを、そのまんまアウトプットしている人が沢山いることに心地よさを感じている自分がいます。

今まで表現を世に出してくるということを仕事にしてきて、
「完成度をしっかりあげたもの以外を外に出すこと=仕事を失う危険」という緊張感の中でやってきたために、
その過程自体をアウトプットする…ということを自然に回避、更には恥ずかしいことと思って(誰に対してなのか?)きたのですが、

いや、待てよ。

その過程、またはそのまだ固まりきっていないそのまんまを出してくれている人がいることで励まされている自分がいるじゃないか!

という気づき。

もちろん仕事にすると、一定レベル以上の精度をキープし続けることが必要になりますが、
でも「そのまんまの過程」を出してくれることで見える世界もあるな…と感じました。

迷走期間を爆走中!の人にしか見えない世界を、
世界の誰かは見たいと思っているのかもしれない。

私の人生の豊かさは、
自分に見えていなかった世界を
何かのきっかけで見ることができたときの歓びで育まれていくような気がしています。

「まだうまくまとまってないんだけど…とりあえず今の状態をそのまんまシェアしますね。」

そんな共有をしてくれている人たちに「ありがとう」という気持ちを持つことができるようになったことも、
今年の強制停止が私に与えてくれた一つのギフトのように感じています。


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