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ちょっと嬉しかったことがありました

私は東京にいたころ、
重大犯罪事件の弁護人を務めることが
何度もありました。

そういう事件では、
「なんでこの人こんなことしたかな」
という謎が生じることも少なくなく、
したがって検察や裁判所が
精神鑑定をすることも少なくありませんでした。

検察や裁判所が精神鑑定しなくても、
弁護人の側で、
精神疾患や知的障害・発達障害が
疑わしいと思ったら、
精神科医に相談することも結構あり、
そんなわけで、精神科医とのかかわりも
少なくありませんでした。

私にはひとり、
頼りにしている精神科医がいました。

若いころに
有名劇団に所属していたらしいその医師は、
物静かだけれど飄々としていて、
こみいった相談にも
気楽にスッと応じてくれました。

相談した事件のひとつに
30代後半男性の性犯罪がありました。
この被告人は、10代後半から
何度も同じようなことを繰り返し、
過去に2度服役していました。
にもかかわらず、出所して半年の間に、
また複数回の性犯罪を犯してしまったのでした。

私は、この人に何らかの精神的な疾患が
あるのではないかと思いました。
責任能力の有無を争うつもりは
ありませんでしたが、
今後の再犯を防ぐためにも、
なぜ彼がこんなに同じことを繰り返すのか、
精神的・心理的な側面からアプローチして、
裁判の場で明らかにする必要が
あるのではないかと考えました。

それで、この精神科医に依頼して、
日記や古い通知表を渡したり、
彼に心理テストをしてもらったり、
面談してもらったりして
検討してもらいました。

どうやら彼には発達障害があるとのことで、
そのことや再犯を防ぐために必要な取り組みを
裁判で証言してもらいました。

被告人は懲役13年となりました。
控訴はせずに1審の判決が確定し、
彼の服役生活が始まりました。

元々生真面目なところがあった彼は、
数か月に一度私に手紙をよこしていました。
私も返信していました。

それだけでなく、この精神科医とも
服役中途切れることなく文通を
続けていたのです。

この度、とある専門誌に、
この精神科医が、彼の裁判のことや
現在の彼とのかかわりについて
エッセイを書き、
その本を私に送ってくれました。

その本が今日の午前に届き、
私は早速そのエッセイを読みました。

この精神科医が、
単なる一過性の仕事として
彼の鑑定を引き受けたのではなく、
彼が更生してくれることを願って、
現在もかかわりを続けてくれていることが
よくわかりました。

とてもうれしく、
心に染み入りました。

この事件を担当して
本当に良かったと思いました。

シャイでごく普通の成年が、
極悪非道な事件を懲りずに起こしてしまう
とても悩ましい事件で、
どうアプローチしても結果が見えていました。

しかし、自分がしたことは
全然無駄ではなかったと思えました。

今私は刑事事件をしていませんが、
この事件のこと、
精神科医が彼に長年
寄り添ってくれていることを忘れずに、
これからの弁護士生活を
送っていこうと思います。


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