バラと錠剤(3/15)〜アメリカ人との交際の物語

大学二年の初秋、タクは日比谷公園の外国人フェスティバルに足を運んだ。そこでカナダ人の友、ケントと落ち合うことにかなっていた。よい 機会なので、英語にも興味があり、好奇心も強い大学の友ヤスを連れて行った。公園に着くとケントの当時のハウスメイトのホイットニーも一 緒だった。ホイットニーは、タクやケントの飲み仲間のニュージーランド人ニックと別れたばかりで、タクは留学中に付き合いだした香港人エニ ーと遠距離恋愛を継続しつつ、別れを考えていた。 ニックは、いつものように起き、いつものようにスーツを着て、職場のある商店街を歩いていると、神の啓示のようなものが舞い降りてきた。ド ドールで買ったいつものサンドイッチを口にかけこみながら国に帰ろうと即決し、その日のうちに上司へ告げた。そのニックの決断で、二人は 破局を迎えることになる。

「ニックにその気があれば、ついて行ったと思うよ」

ホイットニーの親友キャシーが言っていたことがある。ニックはホイットニーを連れて行く気はなかった。帰国という大義名分を盾に捨てられ た。1 年後、この決断をめぐった一連の出来事が、ホイットニーとタクを襲おうとは、その時は知る由もなかった。
様々な国のブースが立ち並んでいた。ドイツのブースで、ホイットニーは赤ワインのボトルを買った。噴水の縁で腰をおろし、人数分の紙コッ プでみんなの分も注ぎ乾杯した。その乾杯の一杯でボトルは空になった。都内のフェスティバルだけあって、値段が高い割に量も少なく、そ の上、何処もかしこも行列ができていた。時計を見ると五時近く。公園を後にし、有楽町のほうに歩いた。 ホイットニーは、健康おたくだ。ジムに通うのが趣味であり、ファーストフードや身体に悪そうな食事は避けていた。高架下のあたりを 10 分ほ ど歩きまわった。ファーストフードを除くと準備中の店も多い時間帯だった。学生には金銭的に不釣り合いな、エキゾティックなレストランに入 った。 社会人の彼らと外出すると金銭的に折り合いをつけ難いことも多く...そんなとき、惨めさ、せつなさと、ちいさいことなんて気にするものか、の 心境が綱引していた。だいたいの外国人の友は、タクの心に潜む脆さに気づけないでいる。日本人の儚さ、繊細さを誤魔化す、無いものに するにはもってこいなのか。白人の単細胞男が、複雑な日本の女性とうまくやっていけるのも、そんなカラクリが作用しているのかもしれな い。 タクはそこで料理を口にするのを諦め、彼らに付き添うことにした。あとでマックにでも行こうと思った。年齢や立場の違いは関係ない。友達 は友達だ。儒教の文化が色濃い日本と違い、先輩という感覚がない代わりに、原則として奢るという発想もなかった。

「何、食べる?」

ケントがタクにメニューを差し出す。

「あまりお腹空いてないからいいや」

ケントはタクの目を凝視した。

「金なら気にするな」

「わたしとケント、今お金持っているから大丈夫よ」

ホイットニーが、ウインクしながら付け加えた。

「じゃ、適当に頼むから、みんなで突付こう」

ケントは店員を呼んだ。
ある日のケントとの会話を思い出した。

「俺はお前に来てほしいから呼ぶんだ」

少し間をとり、

「お前が逆の立場だったらどうしたい。同じだろ?」

おもむろに己を省みたあと、

「そうだね」

「だろ。んじゃ、快く受け取れ」

金欠でパーティーに行くのを断っていた時の会話である。 注文をすませ雑談に入った。ヤスはこの機会に色んなことを聞こうと張り切っている。タクは、ヤスの拙い英語を見守った。官僚志望のヤスら しく、ブッシュ政権についてどう思うのかなど、小難しい話をしていた。微妙に話がかみあってないのに、話が進んでいく。タクは英語で政治 の話をするのは億劫だったので、そんなシュールな会話を見守っていた。料理が来た。

「箸の特別な利用法、分かる?」

ホイットニーの笑顔の奥に意味深な色を伺えた。

「ゴムが奥に詰まったとき、とるのに役に立つのよね」

初めてあった女性に、しかも、今まさに食事で箸を使おうとしているときに、なんてセリフを吐くんだ。「覗き見なんていけないよ」、といいつつ も、誘惑に抗えきれず、背徳心を味合う。そんな感情と理性の狭間で支離滅裂している時に、ニョキッと漏れ出る笑みがヤスを襲った。異文 化交流に免疫のないヤスの虚をついたホイットニー。そしてこれこそ、丘の中央に座っていたメスゴリラへの「他の女性たちとは対称的な笑 い方」の正体だった。

かれこれ 2 時間近く見て回り、閉園も迫っていたので、上野動物園を跡にした。足にどっと疲れを感じた。近くのコンビニで缶ビールとジャン ボフランクを買い、上野公園にある池の辺で腰をおろした。そこに、猫が一匹通る。

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