バラと錠剤(9/15)〜アメリカ人との交際の物語

タクが体験した無理な話を語りだせば枚挙にいとまがないので、話をキャンプに戻す。 御花畑駅に着いた。駅のプラットホームに白人女性がひとり、手持ち無沙汰に立っているのが見えた。直立不動でリュックをからっていた。 気丈に見えたがどこか不安げにもみえる。ど田舎の昼下がりに、白人女性と落ち合う確率をはじき出すと、偶然とは思えなかった。一つしか ないプラットホーム沿いに二人は 4、5 メートル離れたところに位置していた。話かけようかな、と心の準備をしている折、60 歳半ばの女性グ ループの一人が彼女に近寄ってきた。今からハイキングにでも行くのだろう。

「どこからきたの」

「アメリカから」

「私、英会話教室に通っているのよ」

「英会話教室......??はい、私は英会話の先生です」

そこからは、全くといっていいほど会話が噛み合っていなかった。聞き耳を立てていたタクは、会話の手助けをしようと思い近づいていった。 自然と話しかけるチャンスだとも思った。

「hi!」

「Are you going to a camping cite?」

「yeah」

「So am I. Nice to meet you. My name is Taku.」

握手を交わす。

「My name is Whitney. Nice meeting you too!」

これが、タクとホイットニーとの出会いだった。目的地は一緒だった。会話が弾むうち、いつの間にか彼女に話しかけていた女性は元のグル ープの輪に帰っていた。 ホイットニーは、最寄り名は知っていたが肝心の漢字が読めなかった。電話をしてもタクと同じように誰にも繋がらない。開き直って 3 駅目で 降りると決めていた矢先にタクと遭遇した。直立不動のなかに見え隠れした不安の種はこれか、とタクは思った。とにかく彼女のお蔭で目的 の駅が武州日野駅だと分かった。 誰の友達か。どこにすんでいるのか。どこから来たのか。なぜ日本を選んだのか。日本をどう思うのか。キャンプ地に着くまでの間、それこそ 色んな話しをした。その中で、食いつきがよかった、彼女の琴線に触れた話題が、自国バッシングだ。キーワードは、Conservative(保守 的)。 ある田舎町の高校に通う秀才がいた。そこで彼にかなう者など誰一人いなかった。天才だともてはやされ、まんざらでもない。夢と希望を胸 に、はれてエリート大学進学をはたす。夢にも思わなかった、挫折の津波が彼を飲み込んだ。水がひき、広大な海に自信が根こそぎ持って いかれ溶解しても、井の中で、描いてしまった「私を中心に世界が回っていくんだ」 というエゴは、深く脳に根を張っていたので、流されること なく彼の中にあり続けた。 地元ジョージアでは、積極的に文化外の異物を受け入れられる大きな器があった。結婚まで純潔を守る人もいて、実際に 28 歳で処女を失 った地元仲間もいた。極最近まで、ホイットニーの父は彼女が処女だと信じて疑わなかったぐらい、保守的な文化で生まれ育った。彼女の父 はパイロットで、成田空港に寄った際、フライトアテンダントの女性と一緒にホイットニーと三人で食事をしたことがある。女子トークになり、ひ とり娘の恋愛事情を知るはめとなった。 大学を卒業し二大計画を実行に移した。好奇心と自信を胸いっぱいに来日した。そこでキャシーたちと出会う。ウクライナからカナダへの移 民経験等、想像を絶する苦労をして乗り越えてきたのだろう。30 歳手前のキャシーの懐の深さ、精神の成熟度は、タクには底なしにみえた。

「スーパーな奴が周りにいると思ってるんだけど、どう思う?」

キャシーと双璧で器の広さを感じさせるカナダ人ショーンに、タクは聞いてみた。

「キャシーのことだろ?」

彼も同意見だった。キャシーは仕事の腕も確からしく英会話スクールでも 10 数店舗を束ねるエリアマネージャーだった。来日後キャシーを筆 頭に、ホイットニーは世界基準の器の広さを目の当たりにしてきた。 逆カルチャーショックの真只中で、現実を超えた虚像を投影した西欧に憧れている当時のタクには、キャシーの凄さを直覚しつつも、キャシ ーに憧れ背伸びをしているホイットニーに気づけていなかった。 テレビのスクリーン上で憧れた芸能界。新米の俳優がかねがね憧れていたスターとの共演をはたす。その頃の彼にはまだ、スターの専属マ ネージャーが見てきた闇なぞ、知る由もなかった。タクはケントやニックの後をついていき、憧れた西欧の舞台に足を踏み入れたばかりの新 米俳優のようだった。

「ピザにハンバーガーにフライドポテト。散々身体に悪い物食べといて、最後に沢山サラダ食べれば大丈夫って本気で思ってるの。しかもこっ てりしたドレッシングをこれでもかってぐらいかけて食べるのよ。信じられる?」

ホイットニーはアメリカでの馬鹿げた考えや、地元ジョージアの保守的さに苛立ちを覚えていた。東京ほどの大都市に住めば、グローバル基 準の視点を持った人たちと出会えると期待していた。グローバルの視点を持った英語圏の人たちに会えたが日本人の友達が一人もできな いまま、1 年が過ぎていた。そんな中、日本人のタクが、堂々と自国を批判してみせたのだ。こういう会話ができる人に出会いたかった、と言 わんばかりの、はつらつとした表情を浮かべた。
タクは留学から帰国してまだ 1 年も経っていなかった。しかも帰国後 3 ヶ月は受験勉強で人との交流を断っていた。逆カルチャーショックによ るリハビリのまっただ中で、外国人に日本バッシングで思いの丈をぶつけるのは、上質なストレス解消だった。ホイットニーにとってタクは闇 夜の光に見えたが、その時のタクには、思慮を欠いた奔放なストレス解消の矛先にすぎなかった。

この関係が始まって間もなく、ホイットニーがまだマンションに引っ越す前の出来事。キャシーとその当時のキャシーの彼氏とケントとホイット ニーの四人で一軒家を借りていた。練馬区の線路沿いにある、床にビー玉を置けばたちまち勢いよく転がりだすような、古びた二階建て。電 車が横切るたび、轟音をたて震えた。
激しく動くと、たちまち家全体も動いてしまう 2 階の一室。二人の営みでそんな家の構造を体感してまもなく。ベッドの上。クイーンサイズで 広々している。左腕に包まれ、右頬をタクの胸に押しつけた。

「初めてあなたと出会ったときのこと、憶えてる?」
「駅のホームでしょ?」

「話しかけられて、ドキドキしちゃったんだよ」

上目づかいで、タクの顔を覗き込む。

「改札から入ってきて、駅に立ち尽くすあなた。その後、周りを一瞥したでしょ。私たちから見れば、あなたの顔はアジア系なんだけど...とに かく、日本の人っぽくなかったの。堂々としていて、自分らしさ、オーラがみなぎってたわ」

ホイットニーの広いおでこを撫で続きを待った。

「あの後、ケントから聞いたんだけど、あなたに彼女がいるのを知ってショックだったのよ」

タクの乳輪周辺の毛を徐ろに弄りだした。

「それからしばらくして、ニックと付き合うことになったんだけど」

人差し指を毛に絡めだす。

「ニックには、本当に感謝してるわ」

指をそっと持ち上げ毛をほどき、掌でタクの胸に触れた。
「私、とても保守的なところで育ったでしょ。そのせいか、どうしてもセックスへの罪悪感が消えなかったんだけど、ニックのお陰で払拭できた の。彼、そういうところあるでしょ」

元彼の話をされ、むかついてもいいはずのタクの胸に、鈍い痛みの伴ういとしさが込み上げてきた。当時のタクにはわからなかったが、生ま れ育った文化の、粘着質にまとわりついてくる呪縛から抜け出そうとする懸命さが、いとおしかったのだろう。タクとホイットニーは同じ殻を破 ろうとしてきた。
ぎゅっと抱き寄せた。腰の上にホイットニーの腰を乗せる。第 2 ラウンドが始まった。

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