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【短編 七十二候】 菜虫化蝶(なむしちょうとなる)

人家などは見当たらない平原。

サナギから羽化しようとする一匹の蝶。彼にはしっかり「自我」があり、
殻を破って外へ出た暁にはまず、何を食べようか?などと思案していた。

いや、そもそも外の世界には食糧なんて存在するのか。
何も無い荒廃した沃野だったら、どうしよう。

あれ?ちょっと待てよ。サナギになる前はどうしていたんだっけ。記憶が曖昧だ。ま、羽化まではまだ時間もあるし、ゆっくり思い出してみよう。


あれは確か、僕らの惑星ほしが三度目の襲撃を受けた時だ。
ああ、そうだ。僕は侵略者から逃れるために脱出ポッドに乗って故郷の惑星から長い長い旅をしてきたんだ。

ポッドが不時着したのは、僕らの故郷に似た星。

美しい自然と、生きていくのに快適な環境。素晴らしい。惑星に危機が生じてから避難先の調査を始め、いくつかあった候補のうちのひとつだ。

場所によっては過酷な所もあるようだが、ポッドが着いたのは常に気温も穏やかで、快適な土地だった。
移住するには問題無さそうだった。

ああ、思い出せて良かった。サナギからしっかり自我を保ったまま羽化出来る割合は65%だというからな。本当に良かった。

ポッドでの航行はとても長い時間を要するため、搭乗の際は一旦サナギの状態で半休眠となる。

計算より少し早く不時着したためか、半休眠状態はまだ解除にならない。
解除を待つ間に、仲間に連絡だ。僕が着いたこの星は良いぞ。最高の環境だ。今座標を送ったから、みんなすぐにこちらへ向かえ。

しばらくして僕は無事に羽化出来た。いよいよ周辺調査に乗り出そう。

そう思っていると、辺りが騒がしい。何やら足元にゾロゾロ集まってきた。

なんだ、この非生命体は。いや、よく見ると乗り物だ。非常に小さいが、その乗り物に生き物が乗っている。かなりの数だ。

「なんということだ。こんな巨大生物が、宇宙船のようなモノに乗って飛来しただと?まるでSF映画だ」
「のんきだな。コイツが暴れだす前に始末しないと」
「始末って、簡単に言うなよ。どんな有害物質や未知のウィルスを持っているかも分からないんだぞ」

どうやらこの小さな生き物たちは、軍隊のようだ。無理もない。彼らから見れば、僕は得体の知れない巨大生物だ。
少しはねを広げようとすると、彼らは一斉に武器をこちらへ向ける。

しかし、僕らは侵略しにきたわけではない。むしろ侵略者から逃げてきたのだ。争いたくない。ただ生き延びる環境が欲しいだけなんだ。

どう伝えよう。全く、調査が甘かった。この星の生命体のサイズがこんなに小さかったとは。これでは僕らに恐怖心を抱くのは当たり前だ。

焦りながらも思案していると、タイミング良く、いや悪く先ほど連絡した仲間達のポッドが次々と飛来する。

「おい、コイツ仲間を呼んだぞ!」
「一斉にこの星を攻める魂胆だな。よし、世界中に応援要請を出せ。全面対決だ。侵略などさせるものか」

違う。待ってくれ。侵略者じゃない。平和的に話し合おう。

最前列の隊が、砲撃を開始する。
無数の弾が僕に当たる。痛いことは痛いが、なんせ小さすぎて致命傷にはならない。

翅で弾を払っていると、奥の方からやや大きな兵器らしきものが出てきた。
高速で放たれたその弾は、先ほどまでのものとは違い、僕の翅に大きな穴を空けた。なかなかの威力だ。

分かったよ。仕方ない。争いたくなかったが、降りかかる火の粉は振り払わなくてはならない。

着陸したポッドから次々と仲間が出てくる。みんな、到着と同時に羽化出来ているようだ。ありがたい。

僕らは一斉に翅を広げ、空へ舞い上がる。

きっとその光景は、彼らから見たらこの世の終わりに感じたに違いない。


数日後。
「これでほぼ片付いたんじゃないか」
「そうだね。争いたくなかったんだけど。しかたない。僕らも生きていかなくちゃならないから。」
「地球、って言うんだっけ。この星の名前。最も文明を築いていた種族を滅ぼしてしまった代わりに、僕らがしっかり引き継いでいこう」
「でも多分、これって【侵略】だよね」
「それはもう、言わない約束じゃないか」




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