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【短編】 海を渡ったレインブーツ

大雨が降り続く梅雨のある日。

真衣は長年使っていたレインブーツのソール部分が破損していることに気づいた。
まだ梅雨は続くのに、レインブーツがなければ困る。
急ぎ新しいレインブーツを買おうと、真衣は近所の大型ショッピングモールへ向かった。

ショッピングモールは雨天にもかかわらず、たくさんの人で賑わっていた。
真衣は靴売り場にたどり着くと、棚に並ぶ靴たちを見て回る。
だが、特に目を引くデザインはなく、無難な黒か紺色のブーツばかりが目につく。

「まあ、黒が無難よね」と、自分に言い聞かせるようにして、黒のレインブーツを手に取り、レジへ向かった。

しかし、その途中、あるブーツが目に入った。それは、片方だけがぽつんと棚の端に置かれている、ナチュラルな芥子色の素敵なレインブーツだった。

真衣は、どうして片方しかないのだろうと不思議に思い、店員に尋ねてみた。

「すみません、この黄色いレインブーツのもう片方って、どこにあるんですか?」

店員は丁寧な接客で、「在庫を確認いたしますのでお待ちください。」とバックヤードに消えた。
待っている間、真衣はその片方のブーツをじっと見つめていた。

なぜか強く心惹かれる。芥子色はおしゃれだけど、普段の自分のスタイルには合わない。でも、妙に魅力的だ。

しばらくして戻ってきた店員は困った顔をして言った。
「申し訳ございません。もう片方は見つかりませんでした。実は、このブーツ、外国からの輸入品なんですが、どうやら片方だけ届いたみたいなんです。」

「片方だけ?」

「はい、時々こういうことがあるんですよ。輸送中に片方だけ紛失したり、紛れ込んでしまうようなことが。ですが、返品するのも手間がかかるので、片方だけ残したままになっているんです。」

真衣はそれを聞いて苦笑した。「そんなことがあるんですね。何だか、気に入ってしまったんですよ、このレインブーツ」

「それは嬉しいですが、片方では…履けませんよね。」店員も困り笑いを浮かべた。

だが真衣は考えた。なぜかこのブーツを、私が連れて帰らなきゃ。という気持ちになってしまったのだ。
「いいですよ、片方だけで。買います。飾りにでもします。」

こうして真衣は、片方だけの芥子色のレインブーツを買うことにした。
もちろん、黒の方も一緒に。


数ヶ月後。
梅雨も明け、夏が終わろうとしていたある日、真衣の元に一通の手紙が届いた。差出人は聞いたこともない海外の小さな町からだった。封を開けると、中には驚くべき内容が書かれていた。

「ごきげんよう。私は海を越えた遠い国に住む者です。
実は、私は片方だけのレインブーツを持っており、もう一方を探していたところ、どうやらそれがあなたの手に渡っていることを知りました。芥子色の、とっても素敵なレインブーツです。」

真衣は驚いた。
レインブーツの片方だけが海を渡り、そしてもう片方を持っている人から手紙が届いたのだ。

不思議と、「なぜ私の居場所が分かったんだろう」
「靴屋さん、個人情報垂れ流し!」
などとは思わなかった。
さらに、どこの国の文字かも分からない手紙を、ちゃんと読めている事にも、真衣は違和感を感じなかった。

手紙には続けてこう書かれていた。
「ぜひ、離ればなれになったレインブーツの再会を果たしたいと考えています。無理なお願いなのは承知の上です。もう一度ペアにすることお力添え頂けないでしょうか?」

真衣はこの手紙の差出人が、冗談などではなく真剣である事を理解した。

片方ずつのブーツが「再会」とは、なんともロマンチックで粋な話だ。
少しの間考えた後、真衣は返事を書くことにした。

「親愛なる友へ。
私の片方のレインブーツを、貴方にお譲りします。何となく所有している私よりも、あなたの方がこのブーツに対しての想いがあるようにお見受けします。それにやはり、靴は左右2つでセットですから」

そうして、真衣とその見知らぬ手紙の主との間で何度かのやり取りが続いた。
(W) と名乗る手紙の相手とは、互いの国の文化や、雨の日の楽しみ方についても話すようになった。

ある時の手紙で、(W) はレインブーツを探していた理由と、自らが重い病気であることを真衣に告げた。

「私は3つ歳上の姉と、姉妹で暮らしていました。
ある日、姉は私の誕生日にレインブーツを買ったと、嬉しそうに言いました。その日の夕方、自宅に届くと。
そして届いた芥子色のレインブーツは、片方だけでした。まだ仕事中だった姉にメールすると、(何かの手違いだわ。配送センターは近いから、仕事のあと寄って聞いてみる。ごめんね、せっかくの誕生日プレゼントなのに) と返信があったんです。
そして姉はその配送センターに車を走らせている時、事故に遭ってしまったのです。救命措置の甲斐もなく、姉は亡くなりました。
しばらくはレインブーツどころではなかったので忘れていましたが、ふとある時、姉の最後のプレゼントであるレインブーツのことを思い出したんです。
それから私はあらゆる手がかりをもとに片方のレインブーツを探し続けました。最終的には、スピリチュアルなパワーを持つチャネラーの力を借りて、あなたという存在にたどり着くことが出来ました。本当に嬉しかったです。
しかし、今度は私が不治の病にかかってしまいました。残念ながら、もうそれほど長くは生きられません。どうか、わがままな姉妹の最後のお願い、聞いてくれませんか。
遠く離れた2つのレインブーツ、一緒に揃っているところをどうしても見たいんです」

真衣は戸惑いながらも、この数奇な運命を辿るしかなかった姉妹の助けになりたい、と感じていた。

真衣はただちにスケジュールを調え、(W)のいる国へ飛んだ。芥子色のレインブーツ片方を持って。


1年後。
再び友のいる国へ降り立った真衣は、黒のワンピースにカーディガン姿で墓石の前にいた。

「あなたがお姉さんのところへ行ってから、あっという間に1年が過ぎたわ。そして、レインブーツが左右揃った姿をあなたに見せることが出来て本当に良かった。
それからもうひとつ報告。
今回の事があってから、私にも(パワー)が宿ったみたい。本来ひとつのところにあって、今は離ればなれになっているモノの場所が分かるようになったの。
どこまでやれるか分からないけど、世界中にいるあなたのような人達を助けていこうと思う。」


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