日常的な光景(冤罪3)
「廊下に出たらしゃべるなっていっただろう!」
そのとたんいきなり平手が飛んできた。
え?一瞬目の前が真っ白になる。
防災訓練で学校放送でサイレンが鳴って、つまらない授業から解放されて、そして廊下に出て並んだ。
私は仏頂面をして廊下に出たが、一言も言葉は発していない。
もしかして後ろの子たちが喋ってたのを私だと思われた?
突然怒りが沸き起こり、キッと先生を睨みつけようとしたが、先生は私を平手した後、隣のクラスの子供たちを並ばせるためにさっさと立ち去っており、その背中は遠かった。
間違いで平手されるなんて、許せない。
悔しくて涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
絶対に絶対に言い返して謝らせてやる。
私は怒りに燃えたが、そのチャンスはなかなか訪れなかった。
「もう3学期も終わり、4月にはクラス替えだ。最後だからいろいろ言いたいこともあるだろう。先生に何か言っておきたいことがあれば、何でもきくぞ」
その機会が訪れたのは、それから数か月もたった学年最後のHRの時間だった。
他の子たちが次々と手を挙げて、先生に文句を言う。「暴力先生」とか「授業中に自分ばかり指し過ぎだ」とか。
先生は「何でもきくぞ」と言っていた割には、バサバサと他の子達の文句を切り捨てていた。
私も絶対に何か言ってやろうと思案したが、ハタと、防災訓練の時のことを思い出した。
そうだ。これだけは絶対に言っておかなきゃ。私は無実の罪で殴られたんだから。
その時のことを思い出して次第に怒りがこみあげてくる。
私は勢いよく手を挙げると、防災訓練で喋ってもいないのに殴られた話をした。そして先生に謝れと詰め寄った。
「それじゃあ声が似てたから間違えたんだろう。そんなに泣くほど悔しいんだったら、何でその場でそう言わないんだ」
泣くほど?
気がつくとその時のことを思い出して、悔し涙が流れ落ちていた。
「その場ですぐに言えば、それで済む話だろう」
そんな、その場で言えるような状況じゃなかったじゃないか。
私はわなわなと唇を震わせたが、先生は「じゃあ、次」と他の子を指名した。
ああ。そうか。
私は何も反論せずに、そのまま椅子に座った。
何でもその場で言わなきゃいけないんだ。その場で状況も考えずに、追いかけて捕まえて言い返さなきゃいけなかったんだ。
頭の中がぐるぐると回転する。先生の言い分と私の気持ちとが全く平行線で交わらないことが直感的に分かって、全てを無常に感じた。
あれほど絶対に絶対に言い返して謝らせてやると思っていたのに、もう言い返す気持ちは萎えていた。
つまり世の中は、殴られたらそれがどういう意味なのか、状況も考えず、言い返す、殴り返すような、反射的な人間がいいんだ。しゃべるなと言ってしゃべっている人間がいたら、それが誰なのかを確認もせずに反射的に叩くような人間がいいんだ。
だったら駄目だ。
私は思考が止まってしまうもん。状況を無視して言いたいことだけ言うなんてできないもん。
私みたいな人間はいつも誰かの罪を押し付けられて我慢するしかないんだ。
早く6年生になって、早く大人になって、早くここから抜け出そう。こういう世界じゃあやっていけない。
私はうつむいて、懸命に涙をこらえながら、この世界から逃げ出すことだけを考えていた。
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