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龍神さまと龍と 在り方と。

どうも混同されているし私自身もきちんとどう違うか、って言われると分かりません、っていうしかないんですけどね。

龍神さまと龍、存在の大きさが全く違うと思います。格というのかな。

治めるモノが違う、といいますか。龍がいる、のと、龍神さまに守られている、のと、もう全く違うと思うんですよね。私がわかるのは私との近さですけどね、いや、そんな氷理みたいに(できるんだったら)肩をぽんぽん、なんて、龍神様にたいしては出来ない!絶対畏れ多くて出来ません・・・・

(あ、それなので、やっぱりおんりゅうさんなんかは私には畏れ多い方なのだ。どんなに人間に近くいてくださっても。)

龍神さまになると、やはり人間の信仰を集めてしまうくらいエネルギーも桁違いだし、なにより「見ている世界の大きさが違う」と思います。だから人にもやさしい(宇宙的な意味で)。

先日から龍のことを書いたら あちこちで自分のところにいる龍のことを気にされている方達がざわついたのが届きましたが 笑。


あなたがご自分の軸をしっかり立てている限り、問題は無いですから!


逆に。やはりまだ自分の存在意義を「他人に認めてもらう」ことこそ、という方は気をつけてね。いえ、承認欲求はだれにでもあり、自分の向上するための大事な動機で、それが悪いのではないのです。「それが目的」にならぬよう、その先にきちんと自分の目指すモノがあることを知ろうよ、ということです。自分の軸とはそういうことです。

龍が一緒にいる、がスゴイのではなくて、なにが居てもいなくても自分の人生の主導権を知っている、明け渡さないあなたが尊い。鏡のなかに映るあなた自身が神様(彼、我、身であり神(かみ)の真ん中に我(が)が在る)なんだから。

明らかに龍神様と一緒にいらっしゃる方達はもう・・・私の目からは その方たちの正しい自信(自分を信じること)が目標とするところ、になります。だって、その太く正しい軸があるからこそのご加護だよね。

まず羨む、を見直す。「あのようになりたい、だから自分を磨こう」ならOK.なれない自分を卑下して羨(うらや)みからうらみになっては、自らの神性すら貶めます。

正しい軸と正しい向上の気持ちのあるひとに、龍は正しく力を貸してくれます。前者がきちんとしていないと、「自分が力を付けたい龍」もしくは「龍もどき」が主導権をとります。ただそれだけです。

畏れず、ひがまず、そのままの自分の尊さを知って、かつ自分の行き先、目指す先をみつけていく。人間のすることってそれくらいです。それくらいだからこそ、大事な事。

龍と龍神さまの違いを書こうとしたら、結局自分を信じる、って話になってしまった 笑 まぁ、そう書け、ってことだったんでしょうね。ウチの龍たちはいつものことだろ、と私をみてうっすら笑っておりマスですよ・・・



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