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改めまして、よろしくお願いします

肩書き、変えました。
たなかともこ@ツレヅレビトです。

・・・って、殆どの方には「え、前から肩書きなんてあった?」ってもんだと思うんですが、いい加減あの言葉遊びかなんだか分からない「みかんせい人」を離れても良いかなぁと思っていたのです。もちろん7年くらい使っていたし思い入れも考えもそこそこ(?)あったのですが、なんか体型が変わったのに着続けるジャケットみたいな感じだったんです。

とはいえ、なかなか自分のことは自分ではわからない。わからないから上手く表現できない。
ということで、この方にお願いしました。

ゼロの紙さん。彼女の淡々とした文章の根底に流れる静かな時間みたいなものは以前から素敵だなぁと思っていました。でもこんなことをされていたのを知らなくて。きっかけは、私の記事によくコメントを残してくださるこちらのてるとさん。

あるとき気付いたらてるとさんの「肩書き」が変わっていました。もう以前がどんな肩書きだか忘れてしまったのですが、素晴らしいミニチュア世界を指先から紡ぎ出す方なのです。新しい肩書き、その説明(それからクリエイターページのヘッダーに入ったキャッチフレーズも!)がものすごく自然で違和感がまったく無く。
で、ある日読み損ねてた てるとさんの記事を読んでいたらゼロの紙さんにつけてもらった、と書いてあって、おおおお、そうでしたか!となったのです。

ゼロの紙さんのこのサービスは、私にはウェブ世界にぽつん、と置かれた「オーダーメイドのラッピング専門店」に見えました。

すこし重いガラスのドアを開けると、店内に並んでいたのは沢山のラッピングを施されたnoterさんたちのお写真。肩書きでのラッピングとはそれぞれの書き手さんの個性を、隠しすぎず美しくくるんだ上で、はっきり見せるものでした。

包むからこそ その内側からの光が気になり、なにより ラッピングを殆ど「肌」として感じている書き手さんのちょっと誇らしげな表情が「ああ、良いお仕事されるところだ」と確信させてくれました。

依頼して2週間くらい経って、最初の提案を戴き、そこで私の感じたことや質問などを再度お送りして、またいくつかの提案にまとめて戴きました。編んで戴いたことばたちはどれも素敵で、他の方に編んで戴いたのに何故かしっくりと肌に馴染み、本当に選ぶのが難しかった。数日考え抜いて、これらを選びました。

▼キャッチフレーズ (個人のトップページ画像につけました)
 名づけられない想いに
 ルビをちいさく
 ふるように
▼肩書き
 たなかともこ@ツレヅレビト
▼肩書きキャプション
 風に吹かれて揺らいだ時、大地に立つじぶんを感じるように、
 地球の声に耳を傾けて生きてゆきたい。ユタ州からnote発信中です。
 オン・ザ・ロード、人生の道の途中でこれから出会う世界がそっと微笑んでくれますように。
 在米20年。医師を経て現在は夫(+時々子供達)&猫3匹と暮しています。


実はnote以外の媒体でも「肩書き」と私の生き方については数本書いているのですが、分かり易い「仕事」名の肩書きを捨ててから、自分を自分のままで現したいし受け止めて欲しい,という願いと、「それでは初めて出会う人に不親切なだけではなく、ただの通りすがりのひとでしかない」という苦しさとがありました。すれ違うならせめて笑顔を交わし一瞬でも共有した時間を刻んでもらいたい。それが私の願いでした。

それから・・・界隈でしか通じない受賞歴とか書いてもさぁ、という天の邪鬼な自分もいました。私の書く理由でもなかったからです。

肩書きに提案戴いたもので、がっつん!と来たものがありました。それが「オン・ザ・ロード」でした。そうなんだよねー。この言葉を出して戴いて初めて、「ああ、私は人生のロードトリップ中で出会ったり、出会いはしていなくてもただ同じ景色を見ているひとと どこか共通の記憶を有することを ただ重ねているんだなぁ」と思ったのです。
目的は、ただロードトリップを続けること。それ以上でもなくそれ以下でもなく。そしてそれはとても贅沢な幸せだと思います。

・・・ま、結局は「徒然草」イメージのほうを選びましたが、どうしても捨てきれず、キャプションにいれていただいた感じです。

こうしてゼロの紙さんが編んで下さった言葉で自分を丁寧にラッピングして貰えた幸運をいま、噛みしめてます。私らしいデザインのラッピングペーパーとリボンとで、もともと私自身では方向性のない自分、という認識だったのが【それも含めて私という人間】というラッピングに変わりました。

ここに書いたことは事前にゼロの紙さんへメールで感謝をお伝えしたときに書いたものの一部を含みます。なんだろうなぁ、「認めて貰わなくても私は私なんだからいいよ」と強がってたのを、「え、それはこんな事ですよね、素敵ですよね?」って、自分が見ていなかった側面を間接光で照らして貰った感じ。しかも人工的な間接光じゃなくて、差したひかりが水面で反射して、見ていなかったところに柔らかく光を入れてくれた感じ。
木漏れ日のような揺れ方と主張の強すぎない明るさ。

しばらくは、この優しい明るさの言葉とnoteの上で過ごしたいと思っています。
本当にありがとうね、ゼロの紙/Mさん。



サポート戴けるのはすっごくうれしいです。自分の「書くこと」を磨く励みにします。また、私からも他の素敵な作品へのサポートとして還元させてまいります。