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手の甲メモ

手の甲にメモをしていた時期がある。

先日そのことをぽろっと書いたら、「私もやる」という反応もいただいたけど、別の方には 手の甲?と驚かれてこっちがびっくりした。

手の甲メモは、研修医時代かなりフツウに多くのひとがやっていた。とくに私みたいな大雑把なひとは、ほぼ100%やっていた。でも「手の甲」メモはちゃんと理由があるのだ。

その1.忘れない。
年中目に入るから、忘れてはいけないことにはうってつけ。だが、バタバタしてうっかり手袋の上に書いてしまい、しかもそのまま外し捨ててから「なんだっけ?なんか大事だったんだけど!」とか騒いだ・・・という冗談みたいな事をしたのが少なくとも2回以上あるのをここで白状する。もう25年前だから時効。

その2.絶対なくさない。
研修医はやることも多いし覚えることも多いからメモ帳も持ってる。だけどね、下働きの多い研修医、ポケットにいろんなモノがはいっております。出し入れの際落とすことも、あるいはメモしてポケットに戻すのを忘れることもある。→結果そのへんの紙切れにメモして、その紙切れもなくすか、ボロボロになって読めなくなってから引っ張り出すとか・・・
その点、手の甲メモは無くすことがない。さらにエコ。←ほんとかよ。

その3.一時メモに最適。これも研修医の日常案件。
ルーチンでいろんな計測データは看護師さんが取っててくれるけれど、自分の患者さんの状態が安定してないときなんかは自分でデータを確認して問題ありそうならその数字と一緒に自分の考えを早めに上級医と相談しないといけない。1つの数字(尿量とかチェストチューブからの排液量とかなんとか)なら覚えててられても、時間をあけた血液データとかは、必要な部分だけ抜き出してメモするのに手の甲は最高・最強。
ただし、何の数字か、誰の数字かは書かないことがほとんどなので(別に個人情報配慮、じゃなくて 単に書く場所と書く時間がない)気付くと「この数字なんだっけ」「これ、なんで書いたんだっけ」になるという墓穴案件あり。

研修医は白衣を着る。カッコ良いからというわけじゃない。仕事中ものすごく必要なのだ、あの沢山の、深いポケットが。そりゃもうドラえもんの4次元ポケットなみにいろんなモノが出てくるよ、ペン、メモ、紙、聴診器、打診器、ポケットマニュアルくらいはフツウ。予備で取った翼状針(もちろんあけてないやつ)何故か使い捨ての舌圧子とか。さらに定規とか手袋(使ってないやつ)、予備マスク、自分のための薬(ヤバくないやつね)、誰かから頼まれたメモ。飴ちゃんなんかも紛れ込んでる。

こんな四次元ポケットからナイスな大きさ・厚さのメモを無くさず、いつも同じ所にいれ、いつも必要な時に必要なことを書く・・・几帳面でしっかりしたひとでもよくなくすのがこういう手帳・メモ帳。いわんや私みたいなズボラをや・・・

なくす、というのはまぁフツウでもあるけど、私のいた研修病院では「ノートを取り出し、メモし、また同じ所にしまう」という、まずそのヒマがないのだ。そのたった1秒、2秒がないのだ。使いっ走り学年なんてそんなもの。

こうやって手の甲メモは増えていく。朝の採血や一人ラウンド(回診)でチラチラ書かれたメモは、その後の上級医とのラウンドでさらに増え、下手すると午後になる前に書く場所がなくて指の間、とか訳の分からんことをしたりする。(掌は一瞬で消えるからツカエナイ)
しかも手洗いもよく入るので、気付いたら消してしまいそうになったりしてあわてて その辺の紙切れ>>自分のメモ帳 に写したりする。

手の甲メモ、といえば、私にとっては後輩のOちゃんという女医さんがすぐ脳裏に浮かぶ。

私がレジデント(研修2年目)のときの初期研修医(1年目のお医者さん)だ。Oちゃんは、なんというか憎めない性格で、ぽやーんとしているのだが、時々 はっ!!!と気付くらしく「あ!忘れてました!」とか言いながらよく走っていた。頭は良いのだが全部が繋がる瞬間まで ぽやーっっとした印象・・・で、周りから見てるとなんかワンテンポ遅い気がする。

実際はワンテンポ遅いどころかなかなかちゃんと気付いてぱぱっと動ける優秀な女医さんだったと思うのだけど、丸顔でちょっと眠そう(実際その病院の研修医は眠れない時間が結構あるのだけど、彼女の場合雰囲気と顔の造作が)な外見とで、もともと可愛い女医さんだったけど存在の雰囲気がなんか愛らしくてかわいい。憎めない。

Oちゃんはそのキャラで既に有名だったけど、もっと有名だったのが「Oちゃんの手の甲メモ」。いや、すでに「左腕メモ」だった。つまり手の甲に留まらず、左の前腕(手首から肘までってことね)かつぐるっと一周、酷いときは肘を越え上腕にそのメモは及んでいた。紋々のおっさんもびっくりである。

「ねぇ、Oちゃんさぁ、さすがにそれ・・・」

左腕にびっしり何かが書き込まれた様子を見て、他の女医が見かねて声をかけると

「あ、ですよねぇ。・・・でね、聞いて下さい。これだけ書くとどれが何のためのメモなのか分からなくなるんですよ!」

と報告してうふふふふと笑うのだ。ずれてる。なんて憎めない子だ。

今も出先なんかで咄嗟にメモ、というのに私は手の甲を使うことがある。そしてそのたび、Oちゃん元気にお医者さんやってるかなぁ、もう手の甲は使ってないよねぇ?と思ったりするのだ。今どこで働いてるのかな。


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ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーより、椿さんの作品をお借りしました。椿さんありがとーーーー。

椿さんって・・・なんとも愛らしい感じの人ですよねぇ。って、文章のうえでしか存じ上げないけどさ。こんな愛らしい人になりたかったよ・・・ってよく思うのです。まぁ無理だからいつもそう思うんだけどね。


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