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怒りも憎しみも抱え込んで

アメリカには日本のサザエさんくらい有名な長寿番組がありました。それがフレッド・ロジャースがつくっていた子供番組「ミスターロジャースのご近所さん Mister Rogers' Neighbourhood 」です。1968年から2001年まで合計895話放映され、’ピーク時の1985年にはアメリカの家庭の8%が番組を視聴’していたとされる、ある意味モンスター番組です。

フレッドさんはもともと神学を修めた方。語り口調もゆっくりで、番組の中では笑顔を絶やしません。

番組は一貫してゆったりとしたペースと、「子供を怖がらせない」ように配慮された進行で進められます。2018年にこの番組とフレッド・ロジャースという方を中心にした映画「ミスターロジャーズさんのご近所さんになろう」もでました。

さて、先日家族で ア・ビューティフル・デイ・イン・ザ・ネイバーフッドという2019年の映画を観ていたんですよ。(日本で公開予定は無かったのかな、あるいはコロナ騒ぎで予定が立たないのかな。トレイラー、英語しかなくてゴメンナサイ)

これ、実話に基づくようです。トム・ジュノーという記者が1998年に先述のフレッド・ロジャーズをインタビューして書いた記事、雑誌『エスクァイア』に載ったのですがその「Can You Say...Hero?」という記事をもととして、彼らのインタビュー前後のやり取りをみせたもの。映画の中で、フレッドはあくまで「脇役」です。(トム・ハンクスが演ずるのがフレッド・ロジャーズ)

下がホンモノのフレッド・ロジャース。

とにかく、聖人とまで呼ばれて、愛を伝え人種差別には自ら友人として接している姿を見せることで世の中に差別撤廃を示していたフレッド・ロジャーズさんでした。

でもフレッドだって人間。もの凄い怒りに震えることも、その激情で行動して、後に後悔することもあったのだと「A Beautiful〜」の映画の中で言っています。

この映画の中では、このフレッドに記者のトム・ジュノーが「ヒーロー」についての記事を書くための取材で会いに行きます

がフレッド、かなり変わっているうえに、ひとの心の機微を読むのがとても上手い。父との確執があるトムに、絶妙な「他人行儀」から友人としての距離に変化しながらトムの人生にフレッドが関わり、トムはそのなかで「自らの怒りと対峙する」ことを学びます。

    * *

先日、「憎悪」という感情について短編を書いてみました。

稚拙なことは分かっていますが、表現の仕方にこんなに苦しんだものは在りませんでした。「憎悪」はかなり強烈な感情ですが、私自身は滅多に感情が大きく波立つことはありません。

もちろん(全く同じではないですが)人を呪い殺してやりたいと思ったことはたった一度ですがあります。あの感情と私はきちんと向き合ったか、というとそんなことはなくて、いまだに苦しい思いが膨らんでくるものです。

怒り、とか、憎しみ、という感情がどういうプロセスなら生まれ得るのかを考えていくつもいくつもパターンを設定し、何度も文章にしてみて初めてまとまったのがそれでした。ただ、自分が経験した憎悪とは形が違うため、きちんと向き合えたか、といえばそうは行きませんでした。



A Beautiful Day In The Neighborhoodの中で、フレッドはピアノの一番低い音の鍵盤を一気に叩く、という形で拭いきれない怒りを表現します。昇華し得ない痛みには、私も心当たりがあります。

出来れば文章では読む人も幸せになるものを書きたい。でも幸せって大概「不幸せ」と対になると強烈に理解できるものらしい。
だとしたら、不幸せが言葉にならなかったら文章の幸せに幅が出ないとも言えます。


哀しみを笑いに昇華させる。怒りを愛に昇華させる。いずれも言うは易く行うは難すぎで方法すら思いつきません。けれど、文章に向き合ったときどこまで書けるか、そして読み手をどの時点で「救うか」、全部経験なのだなぁと思いました。

出来たら、全部そういうものを飲み込んだ上でフレッド・ロジャースのような笑顔を見せて生きて行きたい。そう思っています。



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