ちーやんのこと

アルビノ(色素のないやつ)のハツカネズミを飼っていた。あの白くて目の赤い、てのひらの中に収まってしまうやつ。名前はちーやん。

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あれは大学4年終わりの生理学実習のとき。実験内容は忘れたが、ちーやんは生理食塩水を打つコントロール用ネズミだった。生理食塩水は病院の点滴でも使うようなものだからそれ自体注射してもなんでもない。だが実験用のネズミというのは1度使ったら再利用(←言い方)は出来ない。なのでその後は殺してしまう(といわれた)。

「実験後殺処分」と聞いて、一匹白衣のポケットに入れ連れ帰ったのがちーやんだ。(あとで先生方、数が合わないって困っただろうなぁ。ゴメンナサイ。)

連れて帰った日、空き箱に空気穴を開けて入れておこうとしたら初脱走、半日後キッチンの物陰に発見(ふざけんなーと思った)。
翌日一緒に住んでいた妹とハムスター用ケージを買いに行った。いきなりの豪邸住まいとなったちーやんは家の立派さに驚いたのか(違う)、最初はケージの隅っこでぷるぷるふるえていたが、すぐにティッシュを噛みちぎり寝床を作って寝ることを覚えた。

まぁるくなった白い柔らかな餅のようなふわふわの塊が、小さくすぅ、すぅと呼吸のたびに揺れている。寝ていると平和を形にしたような生き物だった。ちーやんが寝ている時はケージの側にそうっと移動して宿題をやりながらちらりちらり、と飽きずに見ていた。そのふわふわでまぁるいものが、リズミカルに小さく小さく揺れている。こんな愛らしいものが世界にあっていいのかな、と思っていた。

ハムスターを走らせるための車輪でひたすら走る姿は(からからいうのが煩いけれど)一生懸命すぎて愛おしい。手にすっぽり収まる大きさと白の毛皮のせいもあるけれど、紙やティッシュをいれておいてやれば几帳面に粉々にした上でかき集め、ふわふわの寝床を作る、その姿も全てが愛らしく可愛い。

ただ、どうしても慣れてくれない。近付くと、いや目があっただけでぷるぷる震える。ぼのぼののシマリス君か、お前は。

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水、エサを交換しようとすると隙をみて脱走する。実際、かなりの回数やられた。飼っていた間ずっと。まぁ、お決まりの遊びみたいなものだったのか。

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唯一残っているちーやんの写真。これは多分大学6年の夏。やっとこの頃、てのひらに載せてもじっとしているようになった。相変わらずふるふる震えているんだが。この頃妹は就職で千葉に行ってしまっていたが久し振りに遊びに来たとき一緒の写真を撮ってくれたのだと思う。


ハツカネズミの心臓は1分間に600回とか打つらしい。こうやっててのひらに乗せると、細かな細かな心拍が毛皮を通して私の皮膚を柔らかく押す。とととととととと、と生きているおとを皮膚に感じる。


大学6年の3月。無事卒業し、国家試験も通った。研修先の長野への引っ越しは翌々日の予定だったから大物の引っ越しはとうに終えており、私は残りの荷造りを始めていた。一人暮らし予定だったので、ちーやんを連れて行こうかとぼんやり考えていた。

そこへ第一志望だったが落ちた沖縄の研修病院から電話がかかってきた。
就職予定だった人が国家試験に落ちたため、繰り上げで採用したいが、とのこと。即答で行きます!と答えたあと、思い出した。

ちーやん、どうしよう。

沖縄の仕事は3日後から始まることになっていた。だが、荷造りや距離を考えるとどんなに遅くとも明後日の昼の飛行機で飛ばなければならない。沖縄は病院内にある研修医部屋があてがわれるため、さすがにちーやんは連れて行けない。妹に頼むしかないか・・・

「ごめん、ちーやん。つれていけないや。」


実家に預かってもらう残りの荷物と沖縄にもって行く荷物。宅急便で送り出すものを送り出し、あとは千葉の妹のところへ、というとき。なにか変な感じがした。

ケージのなかに積み上げられたふわふわ寝床は使われずそのままで、ちーやんは固くなってケージの床に転がっていた。


ちーやんのために泣けたのかどうか覚えていない。
3月の日は短く、当時の彼と一緒に薄暗くなってきた近所の神社の境内にちーやんを埋めに行った。
電話で報告したら妹に言われた。

「ちーやん、もいちゃんの門出に合わせてくれたみたいだね」


沖縄での激務もそこでの経験も濃かった。ちーやんのことは殆ど思い出さなかった。思い出さないから、その頃から写真をずっと手許に飾っている。
結婚して渡米し、そのうちポスドクとして働かせて戴いた研究室では黒い、ちーやんサイズのネズミたちを増やし、実験に使っていた。そういう実験だったからとはいえ、沢山のネズミを殺したことになる。

ちーやん、少しは短い生を楽しんだだろうか。多少は何かつながりを感じてくれたかな。いや、本気で最後まで怖がっていたのかもしれない。私にはわからない。

今は猫を3匹飼っているし、ネズミを飼うことはもうないと思う。感傷ではなく、ネズミの気持ちは残念な程に全く分からないから切ないのだ。
それでもあの私を見てはぷるぷる震えていた 大変に失礼なネズミはやっぱり特別で、you always have a place in my heartって言葉そのまんまではある。


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ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーより、上の森シハさんの作品をお借りしました。ちーやんがこのネズミくらい、ちょっと心を開いた表情してくれたら良かったのに!!!!!←まだ言う。

かえるのエルくんとか、宇宙ねこさんとか、よく見る方ですけど見に行ったら(時間押してるのに!滑り込み、あと7分!)記事読み始めちゃった。世界観がすてきです。フォローしとこう。

これのために1ヵ月、あれこれ書いたけど結局出来上がったのはこんな何でもないものだけだった・・・まぁ、しかたないっす。


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