インコース高めを攻めるべき?
174.まるでマッチ箱のようなアアルトの建物
世界で、おそらくもっとも小さなアルヴァー・アアルトの建築作品がヘルシンキにある。Erottaja Pavilion--- エロッタヤの地下入り口である。
それはフィンランドの首都ヘルシンキのど真ん中、まさにヘソのような場所に位置していながら、うっかりすると見逃してしまいそうだ。それに、仮に気づいたとしても本当にこれでよいのかとどこか疑わずにはいられない。唯一あの特徴的なドアノブのデザインだけが、それを紛うことなきアアルトの建築であると証明している。
しかし、それほどまでに小さく、また目立たない作品であるエロッタヤの地下入り口は、にもかかわらず、陽の目をみるまでになんと10年もの歳月を要している。そのうえ、完成したそれは最初計画されたものとはまるで別物であった。戦争のせいである。
1941年、アルヴァー・アアルトはヘルシンキの地下防空壕にかかわる市のコンペに応募、見事勝ち取る。コンペは、現存する出入り口のみならず、地下につくられるはずだったさまざまな施設や周辺の交通システムまでをも含む大規模なものだったらしい。
ところが戦況の激化とともに計画は中断、けっきょく戦後かろうじて実現したのはこのエロッタヤの地下入り口、それに地下へとつづく階段のみであった。竣工は、戦争も終結した1951年のことである。
ちなみに、その時点でアアルトは当初の採用案ではなく新たな設計プランを市に提案、認められている。こうして塔を備えたモニュメンタルなコンペ案は、ひっそりと街に溶け込む現在の「エロッタヤの地下入り口」へと姿を変えた。
ところでこのエロッタヤの地下入り口は、アアルトが手がけたヘルシンキで初めての公共建築である。気合たっぷりに挑んだコンペ案が、いくら戦争のためとはいえ、こんなふうに渋〜い仕様変更をせざるをえなかったことをアアルトはどう感じていたのか。
これはこれでアリ。案外そんなふうに思っていたのではないだろうか。
というのも、この作品じたいは鉄とガラスからできたマッチ箱のようでしかないけれど、4年後に同じヘルシンキに竣工するビルディング「ラウタタロ(鉄の家)」のための布石にみえなくもないからである。こうした、ある意味「変わり身の早さ」こそアアルトの真骨頂ともいえる。
エロッタヤの地下入り口に戻れば、現在階段を下りた先にあるのはごくありふれた地下駐車場である。よく見れば、岩盤をくり抜いて造られたその空間に「シェルター」としての面影が感じられる。
いまは殺風景なこの場所にも、かつては地下に商店などが入居していた時代もあった。アキ・カウリスマキが1990年に撮った映画『マッチ工場の少女』のワンシーンに、このエロッタヤの地下入り口が登場する。主人公の少女(と言い切るのには若干ためらわれるが)がコインシャワーに立ち寄る場面である。いや、殺風景なことに変わりはないか。
正直なんどか観ているのに、知り合いのえつろさんから指摘されるまでそれがエロッタヤであることにまったく気づかなかった。よく見ると、たしかにドアノブがやはりアアルトのそれである。
じっさいアアルトの建築は、一見それとわからなくてもドアノブなど調度品のデザインから判明することが多々ある。神は細部に宿るのだ。
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175.インコース高め
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