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今週の日記|まだ生きている

5月21日 オレンヴィエラエロッサ

ひさしぶりに会ったひとが、元気そうにニコニコしているとそれだけで嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいになる。これまで当然とかんがえていたことが、じつは字義通り「有り難い」ことであったと知れたのは怪我の功名ならぬ、もしかしたらコ◯ナの功名かもしれない。

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ミタクールー?「お元気でしたか?」をフィンランド語ではそのように言う。教科書を開けば、「こんにちは」の次に登場するのがこの慣用句である。

そう問われたら、もちろん「ありがとうございます。おかげさまで。」と応じることになっている。フィンランド語では「キートス ヒュヴァー」。実際あまり元気じゃなくても、たいがい入門者はそう答えることになっている。だって面倒くさいもん。

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これは、以前カフェをやっていた頃の話だ。お店でフィンランド人を講師にフィンランド語クラスをやっていた。講師は、リーサというブラックユーモア好きの「これぞフィンランド人」といった感じのおばちゃんである。

入門者向けのクラスでは、あいさつに使われるフレーズを学ぶことから授業が始まるのは教科書どおりであったが、リーサが教えるフレーズはかならずしも教科書どおりとは言えなかった。

ミタクールー?(お元気でしたか?)
キートス(ありがとう)
オレン ヴィエラ エロッサ(まだ生きてるよ!)

フィンランド語を学びたての生徒さんが、みな神妙な面持ちで「まだ生きてるよ」と復唱する様子をカウンター越しに見ては毎度笑いをこらえるのに必死だった。それに気づいたリーサがこちらを見てニヤッと笑う、そこまででワンセット。

そういうわけだから、モイでフィンランド語を学んだひとを見つけ出すのはかんたんだ。ひとこと「ミタクールー?」と尋ねさえすればよい。モイで学んだひとは、きっと脊髄反射で「まだ生きてるよ」、そう答えるはずだ。

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しかしこの一年で、たんなる社交辞令の慣用句でしかなかった「お元気にしてましたか?」というフレーズの意味は一変した。すくなくともぼく自身について言えば、ひさしぶりに会うことのできたひとにそう口にするとき、そこには相手とその周囲の人たちの安否を気遣う気持ちと再会できたことへの感謝の気持ちとが込められている。

だからこそ、もしぼくが「元気だった?」と尋ねたなら、いたずらっぽく笑って、あるいはハードボイルド風な口調で、こう応えてほしいと思う。まだ生きてるよ。

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