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【映画】ミッド90’s mid90’s/ジョナ・ヒル

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タイトル:ミッド90’s mid90’s
監督:ジョナ・ヒル

冒頭で流れるシールの1994年のヒットナンバー「Kiss from a rose」を耳にした途端90年代中頃の空気に包まれる。まあリアルタイムに近い頃に耳にしていた事もあって、ヒットナンバーという意味で、あの時代を切り取るにはジャストな曲だったかもしれない。思い入れのある曲ではないけれど、ヒットチャートの曲というニュアンスは掴んでいたと思う。

本作は俳優ジョナ・ヒルの初監督作という事もあり、若干感じる粗さが程よく作品に馴染んでいた。作品としては超傑作とはいえないまでも、ひとつひとつが丁寧に組み上げられていて、当時スケーターだった人以外にもちゃんと伝わる映画として作られているのが端々から感じられた。だからスケーターだった人はより身近に感じられる作品なのかもしれないけれど、そうではなくとも十分楽しめる映画に仕上がっている。僕自身はスケートボードのカルチャーにほとんど触れていなかったものの、周りにはスケーターがいたし、そういった友人の姿も見てきている。90年代は公園でそういった姿を見てきた記憶がある。

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主人公のスティーヴィの家庭環境や、レイ、ファックシットらの抱える環境については、最小限の表現で語られるものの、皆明日の見えない生活を送っている。この点については比較されるラリー・クラークの「Kids」や、ハーモニー・コリンの「Gammo」、ガス・ヴァン・サントの「Elephant」で描かれたカルチャーに近いものの、それらが描いていた閉塞的な世界観とも少し異なる。正直な所ホワイトトラッシュなど明日の見えない貧困な生活をより具体的にリアルに捉えたのは、ハーモニー・コリンの「Gammo」の方がダイレクトな表現だったかもしれない。けれど、本作と同じA24が配給した「フロリダ・プロジェクト」が持っていた絶望の中の希望を感じさせるものでもあった。それは男関係で夫婦関係が破綻した途端思われるスティーヴィの母親の描写や、夢を抱えながらモラトリアムに老け込むファックシット、靴下も買えないほど貧乏なフォース・グレイドといったキャラクターは、先の「フロリダ・プロジェクト」に通じるものがありながらも、そういった環境から脱却しようとする黒人のレイの姿に大きな希望が託されていた。ファックシットからはセルアウトと揶揄されながらも、弟を事故で亡くした事と、黒人である事から不当な扱いをされていた事から、自立を目指していたのはレイだけだったのがよく分かる。だからこそ、スティーヴィがスケートカルチャーにのめり込みつつ、そこが自分の居場所として見出す部分に救いを求めていたのを感じとり、新しいボードを与えるレイとスティーヴィの姿に心を打たれる。
スケートボードを一から組み立てる姿を、言葉もなく見届けるスティーヴィのふたりの様子はこの映画のクライマックスだった。ふたりは周りからどう見られるかに囚われている中、「Thank you so much」と、ただ単に素直な気持ちを伝え合う関係の描き方に新参者を受け入れるレイの懐の深さを描いていた。ゲイやセルアウトといった表面的な周囲の評価に捉われず、自分らしく生きるという選択が、この映画で描きたかった事なのだと思う。レイほどの野心はないものの、Hi8で撮り続けるフォース・グレイドの映像も明日への希望として描かれている。
脇役としては良いポジションをキープしているルーカス・ヘッジズ演じるスティーヴィの兄イアンの存在も大きい。先日の韓国映画「はちどり」に似たDV表現は、兄弟や家庭環境がもたらすパワーバランスのポジショニングがありながらも、イアン自体も社会に溶け込まない存在なのが、ファックシットとのいざこざで見えてくる(イアンは西海岸にいながらも東海岸のヒップホップにのめり込んでいる。スティーヴィとは違った疎外感を持っている。)。90年代の中頃といえば湾岸戦争後で、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の最中で、クリントン大統領の時代でもある。兄イアンがクリントンのお面を被っていたり、湾岸戦争の話が出てくるのも、その時代を痛切に物語っている。ニルヴァーナを筆頭としたジェネレーションXの色濃い時代ともいえる(今はミレニアム世代を超えてZジェネレーションの時代である)。

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ファッションの面では、昨今の90’sリバイバルもあってあまり違和感がない。特にスティーヴィとセックスすることになるエスティーの服装は水原希子みたいだった。黒髪が嫌でファックシットみたいな金髪になりたがるのも、さりげなく今のポリコレを斜めから描いている。

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音楽も重要で、94年のカート・コバーン死去は直接的に描かれないものの、ニルヴァーナによるレッドベリーのカバー「Where did you  sleep last night」が流れたり、エスティーと情事を行う部屋にキュアー(Boys don’t cryを持ってくる辺りフランク・オーシャンも視野に入ってる)やスミス(劇中はモリッシーの曲が使われている)、ディカプリオのポスターが飾られてて、90年代と10年代がリンクする。バッドブレインズ、ピクシーズミスフィッツ、ESGなどロックサイドの曲が並びながらも、ATCQやファーサイド、GZAらウータンクランらヒップホップが並列されている(90年代のヒップホップはカラフルだ)。
それらに混じってハービー・ハンコックやママス&パパスが並ぶのもアメリカのカルチャーの深さを感じる。

作品としては佳作の域は出ないものの、A24の一貫した姿勢は感じられる作品とも言える。

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