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【映画】オン・ザ・ロック On the rocks/ソフィア・コッポラ

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タイトル:オン・ザ・ロック On the rocks 2020年
監督:ソフィア・コッポラ

エンドロールが終わった後、席を見渡すと大半が女性で男性はちらほらいるくらい。未だに根強い女性からの信頼の厚さを肌で感じた。こういう観ている人々の雰囲気を感じられたり、映画の中の笑いを共有出来るのが映画館で観ることの楽しみでもある。最近はいわゆるコメディ映画が昔ほど作られる事は減ったものの、コメディはやはり映画館で観た方が観客の一体感が得られてより楽しめると思う。
と言いながらも、本作はどっと笑いの起こる映画という訳ではなく、所々くすりと笑わせてくれる。オフビートなユーモアの中に生まれるペーソスが心地よさを生んでいる。
ソフィア・コッポラとビル・マーレイのタッグというとどうしても「ロスト・イン・トランスレーション」を思い浮かべてしまう。似たような映画を量産してるとも言えるかもしれないけれど、本作のソフィア・コッポラの視点は、離婚と再婚と出産を経た女性としての視点と、奔放な親世代(父コッポラは西海岸のポストヒッピーの時代を切り開いた世代)への羨望にも近い疎ましさが描かれている。ビル・マーレイ演じる父フェリックスの仕事と遊びが両立してしまっている様子は、楽観的で全てがいい加減に映るけれど、出会いの全てが人生を楽しむ術として成り立ってしまっている。多分そのひとつひとつが父コッポラの姿にも思えるし、ビル・マーレイそのもののような気がしないでもない。
10年代以降、ポリコレという価値観が台頭してきたお陰で異常なまでの倫理観を背負わされている現状は、me too運動のような見過ごす事が出来ない犯罪の輪郭を露わにしたものの、その反面で些細な冗談も冗談としてまかり通らない現実も浮かび上がっている。その些細な冗談も誰かを傷つけている現実がある限り、それが間違いである事は確かであるし、新たな不幸を生んでいる事は間違いではない。
本作でソフィア・コッポラが取り上げたのは、ポリコレの社会の中の親世代に対しての忠告…というと大袈裟かもしれないけれど、自分たちの世代の持つ悩みを打ち明けているように思える。自分たちの世代は奔放なままでは生きていけないし、ある種のタガが外れた行動は受け入れられないという事なんだろうと感じる。
子供を抱えながら生きる女性の姿を、服装からみすぼらしいと吐き捨てる母親の台詞もサラッとしつつも、母親の呪縛を描いていた。因みに主人公ローラが寝巻きに着ていたシャツはビースティ展ボーイズとランDMCというのがなんともリアルだし、高級レストランに入る時にいかにも安そうなボーダーシャツを着ている自分が入っていいのか自問するのもキャラクターの在り方を巧く伝えている。

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子供が生まれてから口笛が吹けなくなったという件も、ラストに向けて程よい演出が施されていた。個人的には父フェリックスの最後の台詞に、親世代からのエールが贈られていて、じんやりと響いた。ハッピーエンドな映画ではあるものの、反省しているのかどうなのか掴み所がないあっけらかんとした親世代との壁は残しつつ、お互いを認め合うフラットな関係の描き方が、それまでのソフィア・コッポラの映画と異なる所だと思う。
大傑作までは言えないものの、大人になったソフィア・コッポラの成熟さを感じられる佳作なのは間違いない。
被写界深度が浅めの映像は、ニューヨークの街並みをおぼろげに映しながらも、半径1メートル以内の現実を移し撮っている。古いアルファロメオに乗り込む二人を後ろから眺めた画の美しさと、ベタだけどカクテルに大粒の涙を落とすシーンは格別だった。
フェニックスの音楽も映像と合っていたし、チェット・ベイカーのメロウな歌声も映画を大きく盛り立てる使い方は程よく品があって良かった。
日常と探偵さながらの非日常の様子は、ラストで夫ディーンから投げかけられる台詞に繋がっているところの演出もにくい。
ソフィア・コッポラねぇ…と思ってる人は見たほうが良い。


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