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【映画】Walk up/ホン・サンス


タイトル:Walk up 2022年
監督:ホン・サンス

相変わらずのハイペースで、日本未公開がまだ三作あるというこの意欲はどこから湧いてくるのだろう?ホン・サンス作品に毎度触れるたびに、どこが面白いのかという説明は本当に難しい。特に近作のミニマルなまでに削ぎ落とした表現は、余りにも淡々としてぱっと見のケレン味も薄く捉えにくい。ただ最後まで観た時のなんとも言えない後味を残す。「あなたの顔の前に」のラストでハッとさせられたように、本作もラストで混乱を生み出す。気を衒ったというにはなんともスムースな流れで、スッと体の中に入り込んでくる。たとえばデヴィッド・リンチのような観客を惑わせるゴシカルな迷宮みたいな、入り組んだものとは違う惑いがそこにはある。人を食ったような表現とも少し違うし、足さない事で生み出される舌足らずさが妙な魅力に繋がる瞬間が起きる事が多々ある。手触りとしては、傑作「自由が丘で」に近い雰囲気が久しぶりに感じられた。
4階建ての建物のそれぞれのフロアで起きる物語は、一方向の時間軸でドラマが展開しつつも、間にある時間経過と共に登場人物の関係性が変化していく。長々と描かれる台詞回しが、後にくる場面に活きてきて呪詛のようにまとわりつく。しかし体調が悪化する主人公の監督に降りてくる福音は、呪詛を取り払うかのように突然舞い降りる。韓国らしいキリスト教観が突如として迷走する主人公を救い出しながら、場面は冒頭に戻っていく。仏教的な輪廻とキリスト教的な福音が混じりいるユニークさが本作のおもしろさだと思う。
続けてみる事で見えてくる作家性が、ホン・サンスの大きな魅力であり、分かりにくさを生み出す要因とも言える。作品の連なりの中で、毎度同じようなテーマを描きながら、少しずつ異なる要素を入れ込みホン・サンスという作家の小宇宙を感じる楽しみがそこにある。
羨望と妬み。愛情と憎悪。距離が縮まるほど人間の醜い部分が露呈して、弱さが曝け出される。居心地の悪さや、気まずさは毎度の事ながら次第に作品の心地よさへと転化していく。この不思議な感覚は、言葉で表しようがない。
本作は珍しく例のホン・サンスズームが一度も登場しない。緩やかなパンはあれど、あの小ダサい演出がないと、それはそれでどことなく座りが悪いのは彼に毒されてる証拠なんだろう。

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