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【映画】関心領域 The zone of interest/ジョナサン・グレイザー


タイトル:関心領域 The zone of interest 2023年
監督:ジョナサン・グレイザー

音が重要な映画で、主人公たちの会話や生活音とパラレルで壁の向こうの音や悲鳴が常に鳴り続ける。低く唸るハムノイズの様に、壁の向こうの姿が見えない人々の身に起きている音が、終始家の周りにまとわりつき、血生臭い匂いが音を通して漂ってくる。その音に疑問を投げかける事もなく、聞こえないふりをしているのか、ただ関心を払わないのか、生活の中に当然としてあるものとして存在している事のおぞましさ。
箱庭の様な美しい家と、穏やかな生活。そして映し出されない壁を隔てたアウシュヴィッツの様はまさに今のイスラエルとパレスチナの様子と重なり合ってくる。

ニュースで度々映し出される壁を隔てたイスラエルの中の普通に生活している人たちの普通の生活と、爆撃で破壊し尽くされたガザの様子は、この映画が過去の出来事ではなく今現在も殺戮が行われている事とダイレクトに連なる。しかもアウシュヴィッツで虐殺に遭っていたユダヤ人が、ナチス以上の虐殺を行う皮肉。どうしてもそれを思い浮かべずにはいられない。
一方でアウシュヴィッツの収容所所長でありナチスのSSのルドルフ・ヘスの家族の生活は、優雅でゆったりとした生活を送る。ユダヤ人から搾取した服や豪華な庭のある家、金品など、ルドルフの妻が家を離れたくない理由がその端々から伺える。しかし尋ねてきた母親が家を逃げ出す様に去っていく理由は、やはり壁の向こうから聞こえてくる悲惨な状況に他ならない。実は映画の中で一番非情なのは妻ヘートヴィヒであって、塀の向こうの惨状に異常なほど無関心であり、タイトルにもある関心領域という意味を一番体現しているキャラクターだった。他人の生き死によりも、自分の生活を守る方を優先する無情さは、今のイスラエルのガザ侵攻を支援する人々にも重なるし、距離は離れていても無惨な状況をシャットアウトしてしまう人々への警鐘にも感じられる。
その反面ルドルフが抱えた感情はより複雑で、居心地の悪さを常に感じていて、この異常な環境から抜け出したいあまり昇進と共にこの地を離れようとする。しかし、妻からの反対にあって最終的にはこの地に戻る皮肉な結果の寸前でこの映画が終わる。物語は極端に淡々と描かれ、権力者の指令の元に動かされる人間の悲哀や独善ばかりが目につく。
殺戮兵器ともいえる効率重視の焼却炉の設計図と説明は、人道や倫理という物差しがオミットされ、ただ目の前の仕事をこなすだけのミッションとして存在する。塀から伸びた煙突の煙と、塀の周りに撒かれる灰、起きている事や起きた後の事がしれっと画面に映り込むのみ。壁を隔てるだけで、こんなにも世界が違うものであり、一見平穏な生活が生み出す関心と無関心の狭間にある現実の差をまざまざと見せつけられる。

冒頭の音についてひとつ。初日の日比谷シャンテで鑑賞しながら、思っていたよりも飲食の物音を立てる観客が多い事に辟易した。カサカサと紙のラッピングを剥く音や、菓子の袋の音。シャンテ自体があまり音響の面で褒められる劇場ではないのは今回改めて感じたが、それ以上に音に対する配慮の無い観客が少なからずいた事には失望した。金曜日の夜の日比谷だからそんなものかもしれないが、まさに映画の中で起きている事への無関心の様を感じさせる出来事に感じられた。そんな鈍さでこの映画の大事な部分がマスキングされては、本質的な部分が理解できるのか?そんな問いが映画の内容と共に頭をもたげる。

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