【映画】小説家の映画 소설가의 영화/ホン・サンス
タイトル:小説家の映画 소설가의 영화 2022年
監督:ホン・サンス
年々フットワークの軽さとミニマルさに磨きがかかるホン・サンスの映画だけど、とにかく色々なものを削ぎ落とした表現の中で行われる人物描写の妙が今回も発揮されている。毎度お馴染みの言い合いによる居心地の悪さや、オフビートな笑い、そしていつものホンサンスズーム(笑)。ホンサンスズームの良いのか悪いのか判別つきにくい違和感のある表現は、慣れてくると違った見え方に変わってくるのだけれど、ズームする事で人物の内情に入り込み解像度が上がる(様に感じる)。俯瞰から近視へとぐっと移動する事で、人物達の内側へとスライドし、物理的にも心情的にも距離が近くなる。まあ野暮ったい表現ではあるけれど、これがないとホン・サンスっぽくないのよね。
シンプルな物語の中に、最低限の会話や関係性のギミックを入れるだけで、淡々とあっさりに見える映画のアクセントがしっかり刻まれてる。
今作はいつも以上に抑制が効いていて、特に引きで撮られる場面が多く人物の表情が読みにくい。
クローズアップも所々あるし、ズームでいくらか人物に寄る場面はあるものの、モノクロームの映像という事もあって俯くと影になる。からだ全体や台詞の抑揚から感情が引き出されるので、描かれるものは理解出来る。しかし遠巻きに映し出されるキャラクター達が均等に映し出される事で、表情よりも真正面で捉えられた全体の動きの方が多い。そういう風に撮られる事で、画の中で複数人いる人物達の関係性が、会話の中で変化し続けるのだけれど、思い返すと明瞭に写っていないはずの表情がやけに印象に残る。抑揚のついた(しかし淡々とした)会話の内容から自然と表情を読み取っているのかもしれない。そして対照的にラスト近くでのクローズアップが続く場面が登場する時、それまでの抑制が解放される事で人物の表情が大きく映し出される。それまでと異なる映像の形から、近しい肌感覚がかえって非現実感が醸成される不思議な感覚を覚える。このカラーで描かれる場面は、劇中で否定されるドキュメンタリーっぽさを皮肉混じりに描いているようにも感じられるが、恐らくホン・サンスが自身の作風に対して言われた事の裏返しなのではと思う。
会話劇に限らない面白さは、繰り返される「カリスマ性」と言ったワードや、場所を移動しつつもとある場所に戻る描写など分かりやすくシンプルに描き切る。イ・ヘヨン演じる作家と映画化に至る事が出来ず後ろめたさを感じる映画監督との関係の距離感と、書店でのかつて一度だけ肉体関係があった詩人との距離感の対比。それにキム・ミニ演じる俳優と作家のスランプなどシンメトリーが上手い具合に関係性が結びつく。劇的な描写はない反面、台詞の中だけで実際の描写を描かない事で、イメージが喚起される。作家ジュニが撮影した映画が内容を含めてはたしてカラーのシーンなのか(明らかにホンサンスのものと思わしき声が入る)、はっきりとは明示されない(多分そうだと思うけど)。作家ジュニの映画については甥っ子が語る言葉から、万人受けしなさそうなのは見て取れる。この辺りの会話劇の機微も面白い。
キム・ミニと出会って以降、ホン・サンスの作品にあったマチズモ的な視点が大きく変化しているのはよく知られているが、今作では作家と監督の会話のシーンが顕著に現れている。他人から見られる社会的な偏見に対して、そんなのは関係なく自分らしくあれば良いというステートメントにも感じられる。他人がイメージすること在り方に追随するよりも、今ある自分のありのままを受け入れるべきというホン・サンスの言葉は、彼とキム・ミニの生き方を示唆しているようにも受け取れた。
ホン・サンス作品を続けて観ていないと特色が掴めず分からない要素もあるのは否めないけれど、出来れば多くの観客がいる中で観た方が良い映画だと思う。会話が生み出す笑いの部分は、劇場という場で、観客同士が共有する事で楽しめる映画だと思う。デカいスクリーンで観る事とは別に、場の生み出す空気を楽しむのも映画の醍醐味なんじゃないかなと。
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