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【映画】アンゼルム”傷ついた世界”の芸術家 Anselm/ヴィム・ヴェンダース


タイトル:アンゼルム”傷ついた世界”の芸術家 Anselm 2023年
監督:ヴィム・ヴェンダース

先日、ポリタスを見ていて第二次大戦の出来事について、戦後日本が歴史に向き合っていない事を痛感させられた。

旧日本軍の資料を保管する国立の資料館が存在せず、結局のところ自衛隊や靖国神社に資料が集まる結果となってしまう。結果的に旧日本軍と自衛隊との繋がりを生み出してしまうような事態まで発生する。この辺りは朝鮮戦争の際のGHQと日本の関係が生み出した自衛隊という存在が、矛盾を孕んだままアメリカの言いなりになった結果ともいえる。その矛盾に対して上手く処理出来なかった都合の悪さがこういった結果を招いているようにも感じる。
本作はアンゼルム・キーファーという戦後ドイツを代表する現代美術の巨匠のドキュメントだが、第二次世界大戦で同じ過ちを送った日本とドイツの在り方も説いてくる。その様を見ていて、鑑賞中に先のポリタスの内容が頭に浮かんできた。1960年代末のドイツも大戦の傷跡から復興している最中で、振り返るという時期ではなかったが、アンゼルムはそこに切って入った人物なのがよく分かる。ドイツで禁止されているナチスの敬礼を敢えて取り入れた作品を発表したり、ヒトラーが愛したワーグナーなどの人物を取り上げた作品などタブーとされがちなテーマを描いてきた人物像が浮き彫りになってくる。当然ドイツ国内では反発が起き、反面国外で評価される結果となるが、歴史認識へのテーマを早い段階で打ち出した作家像を上手い具合に引き出した作品でもあった。ゲルハルト・リヒターなどもビルケナウをテーマに描いているが、歴史認識が出来上がったタイミングで作るのと、まだ振り返る前の不可分な状態でそこに入り込むのとは状況は異なる。言うまでもないが、それは作品の優劣を問うという事ではない。
それにしても昨今のヴェンダース作品を観ていると、ドキュメンタリーの方が彼の資質にあったものが生まれていると感じる。90年代以降ベタベタなドラマしか生み出さなくなった作品群の中でも、ドキュメンタリーだけは80年代以前の彼の良い部分が多く含まれる事が多い。ヒットした「ブエナビスタソシアルクラブ」しかり、パナ・バウシュを描いた「Pina」など手放しで傑作といえるのはドキュメンタリー作品だった。ヴェンダースの全てのドキュメンタリーを観ている訳ではないが、口コミを見ていても概ね評価が高いのはドキュメンタリーの方だと思う。
「アメリカの友人」を思わせるワーゲンビートルを空撮で追うシーンや、ヨーロッパ的なリリカルな映像との親和性は、ドラマよりもこのような淡々と映像を魅せる形の方がやはりしっくりくる。フォトグラファーとしての才能も兼ね備えた監督であるのと、高い技術を持った監督の技量を存分に活かしている。やたらとカットを切るドラマ映画とは違い、延々と目の前の事象を舐めるように描く方が彼の資質に合っているし、作品のグレードも自ずと高まる。言葉に出来ない形而上的な映像の撮り方の上手さと、3Dの面白さを追求出来るのは技術とこだわりの高さがないと両立出来ない。
しかしながら残念なのは、この作品をIMAXレベルの環境で鑑賞出来ない歯痒さがある。6Kで撮影された高画質が、通常の上映では活かしきれていないようにも感じられる。結果的に3Dというメディアを積極的に取り入れたのはゴダールやヴェンダースのような世代が多く、いわゆるスペクタクルな映画作品と剥離してしまったがために、日本国内の劇場の3D離れが進む結果となってしまったのは残念としか言いようがない。「アヴァター」か
ら始まった近年の3D技術が、うまい具合に継承されず結果的に2Dに舞い戻っているが、このような作品が生まれながらも十全な環境で観ることが出来ないのは本当に歯がゆい。
そんな3Dの映像で面白かったのは、冒頭の水たまりや途中で出てくる鏡の質感だった。目で見る感じと、反射する水たまりや鏡の質感が妙に奥行きを持って映し出されていて奇妙な雰囲気を醸し出してた。ゴダールは立体錯視を利用して左右の映像をずらしたりと映像の遊びを楽しんでいたが、ヴェンダースはそういった破壊を楽しむ事なく、単純に3Dの映像の面白さを追っている印象が残る。
ドキュメンタリーという表現体のためか、「Perfect Days」ほどの注目は集めていないが、かつてのヴェンダース作品の良質な部分を求めている人にはこちらの方がすんなりと体に馴染むと思う。上映回数が減ってしまっているので、気になる方は早めの鑑賞をお勧めする。本当に素晴らしい作品なので。

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