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オシャレの流儀

「母親になってもオシャレでいたい」

当時、オシャレで子供達の自慢の母になることが目標だった。

実際のところは…美人でもないし、産後太り著しいし、オシャレするくらいの金銭的余裕もないモフ虫。

息子の保育参観に行った時、オシャレなお母さんは素敵だった。
子供たちもあんなお母さんならもっと幸せなのかもしれない…
参観日の後しばらくそんなことを考えて悶々としながらラーメンを食べた。

しかしこの悩みの答えとしてある日、息子を迎えに行く道中でふと閃く。

「そもそも私がオシャレなお母さんでいる必要ってなに?」


私は美人じゃないけどブスとは言われていない。
痩せないなとぼんやりとしか思わない。
ということは痩せることを自分で欲しているわけでも、周りから求められているわけでもない。
お金があるからオシャレできるのかと言われたらちょっと違う気がする。

ここで思い出したのは、我が子に対する『オシャレの流儀』だった。

子供服は、すぐに大きくなってサイズアウトしてしまう。
沢山準備するのはコスパ的に良くない。
普段保育園に来ていく服は3〜5着を使い回し。
毎日持っていく食事用のエプロンやタオルは毎日洗濯して乾燥させる。
それなら必要枚数持たないことにした。
子供達は可愛い格好をしていると言われるし、毎日服やタオルは清潔だ。

私だってそれでいいじゃないか!
子供にしていることを自分にもすればいい。

誰からも求められていない“オシャレさ“にこだわって自分の自己肯定感を下げるより
「私はこれでいいじゃん」と言える母親になる方が先かもしれないと思った。

コンプレックスは誰もが持ち合わせているもの。
それは外見なのか内面なのか、はたまた環境なのか。どれも改善していくにはちょっと時間がかかるものが多い。

今すぐどうにかならないものを無理矢理変えようとする必要はないと思う。

独身時代、実家でぬくぬくと生きていたお蔭で、肌がガサついているわけでもなく、化粧をせずとも仕事に行ける勇気もある。
メガネがあれば基本的には何とかなると思っている。

黒スキニーに数枚のパーカー、お気に入りのワンピースが2枚くらい。
決してハイブランドではないので、ダメになったら買い足す。

決してオシャレではないかもしれない。
でも、私がオシャレでトレンディであることを望んでいない。
人様の迷惑にならない程度の服や髪型で生きていければ満点だろう。

服に対しては、どんな値段のものでも丁寧に扱うようになった。
子供服は特に毛玉を取ってから着せたり、汚れは極力綺麗にしたり、汚してしまう年代だからこそ母親の自分ができる唯一のことなのかもしれない。

それを自分自身に置き換えてみる。
服の管理は子供と同じ。
後はスニーカーの汚れをこまめに拭くとか、髪の毛を綺麗に保つことになるのかなと思う。
お金をかければどんなこともできるのだろうけど、かけなくても毎日やればそんなに難しくない。

ぐうたらな自分を責めるより、結構何となく上手いこといってるなと自分を褒めて今はダイエットドリンクの効果を少し期待している。

そんなくらいのゆるい母。オシャレにはなれないけど、洗濯名人くらいにはなりたい。


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