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右左折がうまくなりたい女と早く帰りたい男〜Part2〜


前回までのあらすじ


男の胸は高鳴っていた。

この日、マッチングアプリを始めて2回目のデートがあるからだ。

今回も男の準備に抜かりはなかった。

服装にも気を使い前日からコーデを考えたり、普段の仕事で鍛えている営業スキルを発揮しトークスクリプトを考えていた。

準備は万端であった。

確かな自信と微かな不安を胸にデートへと繰り出した。


事件は待ち合わせ場所で起きていた


男は電車に揺られていた。

女との待ち合わせ場所に向かう電車である。

土曜の16時台の電車とは思えないほどに閑散としていた。

例のウイルスのせいである。

外に出ていてこんなことを言うのもなんだが、男は今くらいがちょうど良いと思っていた。今までは人が多過ぎた。

このまま地方移住者が増えていき、東京一極化が止まればいいと本気で思っていた。


ふいにスマホが震える。LINEの通知。女からだ。


「今どこですかー??というかどんな格好してますか?」


「今、〇〇駅通過しました〜。黒のスキニーに茶色のカーディガン羽織ってます〜」


「え笑 私もちょうどその駅通過してるんですけど笑 服装了解でーす。」


まさかの同じ電車に乗っていた。こんなこともあるもんなのか。

同じ電車ということがわかった瞬間、妙に緊張し出した。
いつも微塵も気にしない周囲が、とんでもなく気になりだす。

どこだ、どこなんだ。

周囲に不審がられないように、周りを見渡す。
なるべく居合わせたくない。
もしそんなそぶりをするものがいようものならすぐに車両を変える。

これは非常に重要なミッションだった。

デート前に会ってしまう、というのは諸刃の刃である。

相手がタイプであった場合はいいが、そうでなかった時。
これが地獄である。

そのまま帰りたくなる時だってある。


またスマホが震える。


「私の乗っている車両には見当たらないですね〜笑 とりあえず約束通りの場所で!」


心底安心した。適当に返事を返し、そのまま電車に揺られていた。

10分後、目的の駅に到着した。

さっきまでの閑散とは一変してこの駅には人がわんさかいた。

気を抜くと乗車の人混みに押し戻されてしまう。

そそくさと電車を降り、待ち合わせのみどりの窓口を目指す。

足取りは軽かった。いろいろな脳内シミュレーションを行なっていた。
今回はなぜか付き合ったあとのことまで考えていたのだから、つくづく男はバカであった。

気づくとみどりの窓口が真横にあった。

ここか。なるべく自然なそぶりで周囲を確認しつつ女に連絡を入れる。


「もうそろつきまーす」


同じ電車だった割に遅いな。おそらく最後尾の車両に乗っていたのだろう。
そこそこ大きな駅なので端から端までは結構な距離がった。
人混みもあったので時間がかかるのだろう。


そんなことを思いながら待っていた。

周囲にはおそらく同じ目的で待ち合わせている人たちが多くいた。

今日は土曜日。みな思い思いの時間を過ごすべく、おしゃれをして街に繰り出してきていた。

頑張ろう。知りもしない人々に勝手にエールを送る男。



突然声をかけられる。ついにきた。ご対面の時だ。

ドキドキしながら顔を上げる。イヤホンを外しながら顔を上げる。


全身に衝撃が走る。顔をあげその人を見つめたまま動けなくなる。まるで体に力が入らない。猫に睨まれたネズミの気持ちがわかる気がした。


男の前には、くたびれたスーツに薄い頭で痩せ細ったおじさんがいた。


以前書いたことがあるが、男は他の男に異様にモテた。

それをここでも発揮してしまったのか。。。自分のモテ具合にほとほと嫌気がさした。

もう全てがどうでもよかった。大人しく帰ろう。


目の前の中年はモゴモゴと何かを訴えてくる。
やめてくれ。それ以上話さないでくれ。
周囲の視線が痛い。


「ハチ公口ってどちらにありますでしょうか。。。」

目の前のおじさんは申し訳なさそうに聞いてきた。


・・・・膝から崩れそうなほど安心した。

懇切丁寧に道案内をした。なんなら途中までついて行った。

かの有名なイヌッコロに会えたおじさんは満面の笑みで人混みに消えて行った。


そうこうしているとスマホにLINE電話が入る。

女からだった。

待ち合わせ場所についたが姿が見えないとのこと。

経緯を説明しながら、急いで戻る。

男が、おじさんに騙されていたのかと思ったと話したら、電話越しの女は爆笑していた。これはいい掴みになったな。おじさんに感謝した。


待ち合わせ場所に着くと、女が駆け寄ってきた。

黒のロングスカートに白のTシャツ。
セミロングの黒髪に薄めながらも目力のあるアイメーク。
Diorを彷彿とさせる香水の香り。
少し痩せ形でありながらもメリハリのあるボディ。

顔全体はマスクでわからなかったが、この時点でピッコロさんを軽く超えていた。

「ピッコロさぁぁぁぁあああん」

男の中のご飯が叫ぶ。

二度と会うことはないであろうピッコロさんに満面の笑みで別れを告げている。


男は安堵した。

控えめに言ってもあたりであろう女との出会いに、ガッツポーズをしそうだった。

軽く挨拶を交わしつつ、目的の店に向けて歩き出す。

美容院とネイルに行ったことを告げられていたので早速その話題で話す。
とにかく褒めた。

満更でもない女。

女はさっきのおじさんとの話がドツボにハマっていた。


滑り出しは好調だった。

途切れることなく話し続けていると店はすぐそこだった。


時刻は時刻は16時55分。店はまだ開店前だったが既に二組のカップルが並んでいた。

男と女も列に加わる。話は途切れない。

女の職場はこの街から少し離れていたが、この街にはよく飲みにくるという。この店も3回目くらいで自分の好きなお酒があって気に入っているという。

今日も思う存分酒を楽しむためにドーピングをかまし体調は万全だという。
この女、この時点で相当な酒好きであることがわかった。

男にとってこれ以上ない喜びである。

しかも変に飾らない話し方であった。

ドストライクである。


店が開店した。列の初めから順に通される。

予約をしていたのですんなりと席につく。
予約がなかったため入れなかったものたちもいた。


開宴の狼煙


「かんぱーい!!!」


男と女は揃ってグラスを傾ける。

お互いこの日この時のために思い思いの準備をしてきた。

これはそのご褒美である。

女はビールを、男はハイボールを煽る。

乾いた喉にガツンとくる炭酸。最高にうまい。

互いにしばらく声が出なかった。


やはり女は生粋の酒好きだった。

飲みっぷりがとんでもなく良い。
一方で飲み方も分け前ていた。


話は変わるが、マスクをとった女の顔は、普通だった。
やはり顔の下半分は重要な要素であることがわかった。

残念ながらタイプではなかった。

しかしピッコロさんよりは綺麗だったし、何より話が面白かった。

変に女ぶらないところが非常によかったし、とにかく酒飲みあるあるで盛り上がった。

男が準備してきたスクリプトはもはや必要なかった。自由に話して楽しめた。

好きなお酒の話から始まり、これまでの失敗談、よく行く店や有名な店の話などとにかく話が途切れることなく楽しかった。


男は勝ちを確信していた。

これでアプリからも卒業できる。

この女と晴れてゴールインだ。



そう。この時までは。