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読書日記#2『とんこつQ&A』

久しぶりに好きな小説家ができてうれしいので、今回は今村夏子さんの本について。

今村夏子さんといえば、『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版 、2019年)で芥川賞を受賞している作家だ。受賞当時は読めていなかったが、映画『こちらあみ子』を観たのがきっかけとなって今村さんの本が読みたくなった。2023年12月は、時間をみつけては今村さんの本ばかりを読んでいた。

『こちらあみ子』は、空気の読めない(人の気持ちが分からない)あみ子のせいで家庭が壊れていくという物語だ。わたしは、あみ子が病気だと気づくまで、あみ子の奇行にいらだっていた。そして、自己嫌悪した。わたしはちっとも優しくないと。今村さんのセンスが好きだなと思ったのは、あみ子に「オバケなんてないさ」(作詞まきみのり)を歌わせているところ。あみ子は不安でたまらなくなるとき、この歌を鼓膜がやぶれるくらいの大声で歌う。

この本から、わたしは今村夏子ワールドにどっぷりはまっていった。物語はどれもやわらかで優しい雰囲気に包まれているのに、どこか不気味で、残酷。そして正直で、芯を食ってる。

今回読んだ短編集『とんこつQ&A』(講談社、2022年)には、「とんこつQ&A」、「嘘の道」、「良夫婦」、「冷たい大根」の4つの作品が収録されている。まわりにあわせて自分をチューニングするのが苦手な、ピュアすぎる登場人物たちが描かれている。

ざっとあらすじをいうと、表題作「とんこつQ&A」は、中華食堂とんこつで働き始めた社会的にはポンコツともいえる主人公が、その店で働き続けるために試行錯誤する話だ。「嘘の道」はちょっとした嘘が人生の分かれ道となるきょうだいの話。「良夫婦」はある主婦が近所の男の子と仲良くしようとするうちに、日常にひずみが生まれてくる話(また、それとともに、少しずつ夫婦の秘密があきらかになっていく)。「冷たい大根」はずうずうしい職場の同僚との違和感のある交流を描いた話。

この短編集に出てくる登場人物たちのおかしな試行錯誤も、くだらない嘘も、不自然な優しさも、違和感のある他人も、読んでいてとても面白く、ぐいぐいと引き込まれるのだが、笑い飛ばすことはできない。それはちょっと自分と重ね合わせてしまうからだと思う。

今村夏子さんの小説には、繰り返し読んでも、それに耐える力がある。いろんな読み方ができると思う。今は、新作を心待ちにしながら、『むらさきのスカートの女』は読み返し、「むらさきのスカートの女」とそれを観察する「わたし」をもっと考察したい、と考えているところだ。読めば自分なりの答えがみつけられそうな、深い深い物語がそこにはある。


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