[短編] 資本主義と豆の木

 チビでほそっちょのジャックは貧しい農家の生まれだ。北国の片田舎で母親と二人で暮らしている。父親は数年前の戦争に行ったきり戻らない。
 母親は何か嫌なことや不利益があってもいつも「仕方ない」だとか「どうしようもない」と言って諦めている。ジャックは唯一の肉親を大事に思う一方で、希望を持つ青年らしく母の気質を嫌っていた。
(俺は、諦めたくなんかない。いずれ金持ちになって母さんを楽させて、村の連中を見返してやるんだ)
 いつもそう自分に言い聞かせながら、地主の畑で毎日汗水垂らして朝から夜まで働いていた。
 ある日の夕方、畑から家に帰る途中で拳大の麻袋を拾った。中には大きな種が入っていた。
(こんな大きな種は初めて見たぞ。一体なんの植物なんだろう)
 家に帰って僅かなスープとパンを食べた後、小さな庭に種を植えて水をやった。
 翌朝、母親の叫び声で目が覚めた。狼でも出たのかと思い慌てて斧を持って表に飛び出すと巨大な植物が天高く聳え立っていた。
「うわぁ!」
 思わずジャックも叫んだ。心当たりがあるのは昨日植えたあの大きな種だ。
「もしかして、あれが一晩でこんなに…?」
「ジャック、なんなんだいこれは。あんたがやったのかい」
「うん、まあ確かに僕なのかもしれない。しかし、こんなにでかくなるなんて」
 植物の幹は大木のように太くがっしりとして、そのてっぺんは雲の向こう側へと続いているようだった。とてもこの世のものとは思えない。
「しかし、家の裏にこんなのがあったら邪魔だねぇ」
 母親は迷惑そうに顔をしかめた。ジャックは試しに斧を振るってみたがまるで歯が立たない。それはそうだ、天空高く直立しているのだからかなりの強度があるのだ。
「こりゃ、とてもじゃないけど切り倒せないよ」しかも仮に切り倒せたとしても誰かの家や家畜、人が下敷きになったらえらい騒ぎだ。
 まったくもって手の打ちようがない。そのうち周囲の村人たちも驚いて集まってきた。
「おいおい、こりゃ一体なんなんだい」
 集まってきた野次馬の中から、中年男が訝しそうに訊ねてきた。
「あたしらにもわからんのですよ」
「見たところ、豆の木のようだがこんな立派なのは見たことないな」
「立派というか、こんなもの化け物だね。誰かなんとかしてくれる人はおらんかね」
 人々は互いに顔を見合った。やがて村一番の力自慢の男が名乗り出て、大きな斧を勢いよく振るったが幹には傷一つ付けられなかった。
「なんだこれはまるで鋼のようだ」
 また、薪を持って火をつけようとした者もいたが少し表面が黒くなっただけだった。
「まあ、こうなっちまったら仕方ないね」
 そう言って母親は諦めた。
 だが、ジャックは諦めきれなかった。
 こんなすごいものが庭に生えたんだからなんとかして一儲けできないものかと畑仕事をしながら考えた。
 数日後、良いことを思いついた。
「ねえ、母さん。僕はちょっと用事を思いついたんで街に行ってくるよ。それでさ、ほんの少しでいいから金貨を貸してくれないかな」
 貧しい家だったが、父が徴兵された折に国から僅かながらも彼らにとってはそれなりのまとまった金が渡されていたのだ。母親はそれには手をつけずにずっと大切に隠し持っているのをジャックはちゃんと知っていた。
「一体何に使うんだい」
 母親は案の定出し渋ったが、ジャックは自分の計画を真剣に語って聞かせた。そしてようやく渋々母親は金貨を三枚だけジャックに分け与えた。
「ありがとう、母さん。きっと倍にして、いや十倍にして返すよ」
 ジャックは隣人たちに暫く家をあけるので母親のことを気にして欲しいと頼んでから村を出た。
 半日後、近隣で一番大きな街に着いたジャックは新聞社に向かった。
 最初、見すぼらしい農民の子を誰も相手にしようとしなかったが記者の一人がジャックと同行してくれることになった。
 ただ、もう昼を過ぎていたので次の日に村へ向かうことになった。
 その晩、宿に泊まったジャックは夢を見た。あの巨大な豆の木によじ登っていくと、雲の上にはこらまた巨大な屋敷があって、中には巨人が住んでいた。そして、彼らはたくさんの財宝を隠し持っている…。
 翌朝、ジャックはまだ若い新聞記者と連れ立って村に向かった。
「君はいつから記者をやってるの?」
「まだ一年目の見習いさ」
「ずっと街で暮らしてるの?」
「そうだよ。父親が商人やっていてね。でも、僕は三男坊だから後継にはなれないんだ」
年が近いせいもあって彼らは道中、次第にうちとけていった。
 村が近づくにつれてやがて、地上から伸びる巨大な棒状のものがうっすらと肉眼でも見えるようになった。
「確かに、何か生えてるね」
「そうだろ。あれが例の豆の木さ」
「しかし、本当に豆の木なんだとしたら収穫の時期にはさぞたくさんの大きな豆が実るだろうね」
 考えるだけでゾッとする話だ。そんなのが家の上にぶら下がってるかと思うとオチオチ寝ていられない。
 お昼には二人はジャックの家の前にやってきていた。新米記者は我が目を疑いつつ、木の幹を触った。
「まるで石のような固さだ。とてもこの世のものとは思えないよ」
「そうだろ? だからさ、これは多分神様が作ったか、悪魔が作ったかどっちかだと思うんだ。でも、悪魔も元はと言えば神様なんだから同じことか」
「それはそうかもしれないけど、とにかくこれはとんでもない事件に間違いはない。僕はこれをスクープにして新聞に載せると約束するよ」
「いや、それだけじゃダメだ」
「どうしたいんだい」
「全国にこう載せるんだ。ジャックの豆の木、切り倒せたら賞金として一千金貨を進呈します。挑戦権は一回あたり金貨一枚って」
「ええ? 君の家にそんな金はあるのかい?」
「あるよ、そのうちね。あと、君のお父さんは商人だったよね。紹介してくれないかい」
 ジャックはその日から畑仕事をやめて、何か商人たちを説得して料金を後払いにして何か買い付けた。
 そうして村の娘たちを集めて、パン生地をこねて窯で焼き、庭先で肉の薫製を作り始めた。
 母親ひどく不安そうだったが、翌朝には門前に行列ができていた。
「おはようございます。皆さんよくいらっしゃいました。さあ、順番に並んでくださいね」
ジャックは手際良く屈強そうな男たちを一人ずつ庭に招き入れ、金貨を一枚ずつ回収していった。
 一人目の挑戦者は自信満々だったが、何度斧を振っても木がびくともしないのですっかり疲れ、打ちひしがれてしまった。
「まあまあ、これに懲りずまた来てください。あ、そうだ。お腹が空いたでしょう。もしよかったらそちらで食堂もやってるんでよかったらどうぞ」
 そんな具合にみんな一仕事終えると簡素な木造の食堂で葡萄酒とパン、それからお手製の薫製を食べるのがいつ間にか当たり前のようになっていた。
 おまけに豆の木の噂はどんどん広がり、やってくる人々の様相も変わっていった。次第に髪や皮膚の色も変わり、ついには遠くの東国から見たこともないカタナとかいう武器を持った人たちもやってきた。
 しかし、それでも一向に豆の木は倒れない。
 そして次第にジャックの生活はどんどん豊かになっていった。食堂も今では立派になり、すっかり繁盛していた。
 あるとき、ジャックの元に大商人がやってきて是非豆の木とその食堂を売って欲しいとせがんだ。
 正直、この商売もそろそろ頭打ちだと思っていたジャックは値を釣り上げ、相手が諦めかけたギリギリのところで売った。
 ジャックの人生はうなぎ上りだ。
 一生楽に生活できる金を手に入れた彼はもうすっかり貧乏生活を抜け出し、今では街中でパン屋を営んで母親と暮らしている。
 母親はもう仕方ないとは言わなくなった。代わりに「あんたはあたしにこんな幸せな生活を用意してくれた」と感謝するようになった。
 しかし、ジャックは今になってふと考える。
 あの豆の木を登った先には果たして何があるのだろうか。
 昔見た夢の続きのことが気がかりだったが、どうせ誰もあんなもの登れやしないし、真相はわかりっこない。
 すっかり醜く肥え太ったジャックは「今さら考えたって仕方ない」と呟くと、グラスに入った高級な葡萄酒を傾けた。

「自分で努力しなくても他人が努力すればいいんだから」

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