もぐられもん

趣味でショートショート、短編小説を執筆しています。たまに絵を描いたり、風景写真を撮りま…

もぐられもん

趣味でショートショート、短編小説を執筆しています。たまに絵を描いたり、風景写真を撮ります。体は朝型なのに夜の香りや夜の街が好き。北海道札幌市在住。札幌の街中で変な体勢の人がいたらそれはもぐられもんかもしれません。

マガジン

  • 短短奇譚

    • 18本

    主にショートショート、短編を書いています。 ジャンルはいろいろです。 たまにエッセイもあります。

最近の記事

随筆 『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ)について思うところ

 ヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』についてたびたび妻と議論する機会に恵まれている。その過程の中で決まって、あまりにも有名なエーミールのセリフ「そうか、そうか、つまり君はそういうやつなんだな」は否応なく話題に上る。このセリフは敏感な青少年の心に深く刺さる。妻と私もそうだ。しかし、年を経るとこのセリフについての見解は少しずつ変わった。  私がどうにも気に入らないのは、そもそもからしてこのエーミールという教員の息子は完全主義という悪徳があり、コムラサキの一件を見ても主人公の貧

    • [ショートショート]ピクニック

       子供連れの四人家族がドライブをしていると綺麗な沢を見つけた。 「あなた、すごい綺麗なところよ。ちょっと寄っていきましょう」 「ん、どれどれ。確かに綺麗だな」  ゴツゴツした岩肌だらけの沢の近くに降り立つと、空気が澄んでいて心地よい川の流れが聞こえてきた。  子供達ははしゃいで、沢の近くに駆け寄る。 「おい、走り回ると危ないぞ」 二人の子供は父親が制止するのも聞かず、静かに流れる水に手を入れて「つめたい!」などと笑っている。 「せっかくだからここでご飯にしましょうか」  母親

      • 帰路

         すすきの中心から外れた二条市場にある屋根付きの横丁を出ると、たちまちに凍てつく風が頬を刺した。急いでタクシーを探そうと思ったが生憎見当たらない。  仕方なく、すすきの駅方向に歩き出す。が、停車中のタクシーのフロントには悉く緑の「予約中」の文字。とうとう、すすきの駅前のニッカウィスキーの下まで来て希望のカケラもないと知ったのと、雪の白さに染まった往来にあまりにも人通りが多く、街が賑わっているので今日が金曜日だと気づいたのは同時だった。  寒い中、順番待ちするのもいいが、すでに

        • 水面下の足掻き

          これは、『人の弱さ』についての記事のつづきである。 職場の後輩にM君という青年がいた。M君はわたしがこれまでに直接話したことのないタイプの人間であった。 M君は表面上ではごく普通の青年に見える。挨拶はできるし、特に業務を遂行する上でのやりとりに問題はない。ところが、話してみるといくつかのユニークな点に気付かされた。 本人曰く、「人とのコミュニケーションが苦手なんです。うまいこと面白い会話ができないというのでしょうか。言葉に詰まったり、誤解されることが多いんですよね」とい

        随筆 『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ)について思うところ

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        • 短短奇譚
          18本

        記事

          知性について

           私は、元来口下手である。今でも正確に自分の考えを話そうとすればするほどに言葉に詰まる。  変な話だが、これはおおよその人が体験したことがあるだろう。意識しすぎてうまくいかないということを。  たとえば、人前に立ってスピーチをしなきゃならないとする。別に自分の思ってることを好き勝手言って、特に何の批評も受けずに過ごせるならどうってことはない。  ところが、人前に立つからにはちゃんとした話をしようとか、何かジョークでも飛ばそうとか、ウィットに富むトークをしようだとか、考え始める

          知性について

          理想の国

          暫く、執筆していなかったのでリハビリを兼ね不遜にも星新一氏の手法を真似つつ、試験的な作品を一つ。仕事内容は変わらないのに給料が良くなるなら社長は人だろうが何だろうがなんでもいいよね? 1.  大きな戦争があった。小惑星であれば消し飛ぶほどの火薬と爆薬が消費された。  最終的に世界を巻き込んだ大戦争は、西側の勝利に終わり、東側は敗北した。  二度と戦争をしてはならないと人類は学んだ。戦争は、人命の観点から言えばとてつもない損失だった。一体、その行為の為にどれほどの人々の愛や想

          人の弱さについて

          小学生の頃から、わたしは人間の生き方や他人の行動、心理に関心を抱きつつ、また抱かざるを得ないことに苦心しつつ、そのために自分の中につくられていった人間という存在について嫌気がさしていた。 なぜ、自分の捉えた人間の存在に嫌気が差していたのかは話すと長くなるので別に機会があれば寄稿することにする。 わたしが高校生の時から十年以上かけて時折、考えたり考えていなかったりを繰り返していた"人の弱さ"というものについて自分のために書き記しておこうと思う。 わたしは、自分と他人のこと

          人の弱さについて

           今からちょうど一年前、父は新千歳空港の国際便ロビーから飛び立った。  定年退職後、ようやく自宅の一軒家に腰を落ち着けたと思った半年後のことだった。  既に実家を出て一人暮らしをしていた僕は、母からのメールで事態を知った。 『お父さんは9月からカンボジアに行ってお仕事をすることになりました』  えっ、カンボジア? どうしてまたいきなりそんなことに。  次の休み、亡き祖父から譲り受けた車を走らせて実家に戻った。  夕方、家のリビングでいつものようにテーブルに新聞紙を広げてホ

          [短編] 代行サービス

          (画像・原案: しょうの / 文: もぐられもん)  世の中にはさまざまな代行サービスがあふれている。運転代行、退職代行、中には彼女代行なんてものもある。  私は今、札幌市中央区を中心に代行サービスの事業を展開しており、そこそこの業績をあげている。中でも昨今のコロナ禍の影響もあって、出前サービスの下地がなかった飲食店の出前代行はなかなかの需要があった。  こんな世の中だからあまり人様には大きな声では言えないが、それなりの財産も築くことができた。  とうとう私は元モデルのスタ

          [短編] 代行サービス

          [短編] 精神的に閉じ込められる話

           その時の僕はどうかしていたんだ。  今思えばなぜ、あんなことをしたのか。  事の発端は仕事の昼休みにコンビニでおにぎりでも買おうと思ってエレーベーターに一人で乗ったことだった。  昼休みとは言っても少し訳があって、いわゆる世間の昼時からはかなり経過していた夕暮れのことだった。  途中の階で止まることもなく、エレベーターは最上階から1階に向けて音もなく降りていく。このビルのエレベーターはなかなか高性能でちゃんと自動音声で行き先を教えてくれるのだが、まったく揺れもないので音声

          [短編] 精神的に閉じ込められる話

          [短編] シール

          街中で胸元にシールを付ける人が増えた。シールの貼り付けは義務ではないが、付けておいた方が何かとお得だ。  たとえば、シールに「男性」と書いてあれば月曜日の映画館は割引になる。あるいは、「無職」と書いていれば求人中の喫茶店に入った時に速やかに面接を受けることができる。その日は面接する気分ではないならシールを剥がしてから入店すればいい。  また、中には「恋人募集中」のシールを貼ってる男女が出会って結婚まで発展したケースもある。  そんな具合にわざわざ口で言わなくても、主張する何

          [短編] シール

          [雑記] レストラン

           妻と職場の友人と札幌駅前にある新しいビュッフェ式のレストランに行った。おまけに、ランチ時のビュッフェは千円という格安だ。  駅前にありがちな薄暗い様式ではなく、どういうわけなのか高層階でもないのに窓から差し込む自然光のおかげでとても店内は明るくて、西洋風のインテリアはお洒落で素敵だ。  白いテーブルクロスをかけられた円卓に妻と二人で座り、店員から簡単な説明を受ける。  説明が終わると逸る気持ちを押さえながら、皿を取って列に並んだ。新しくできたばかりということもあり大勢の客で

          [雑記] レストラン

          [短編] 資本主義と豆の木

           チビでほそっちょのジャックは貧しい農家の生まれだ。北国の片田舎で母親と二人で暮らしている。父親は数年前の戦争に行ったきり戻らない。  母親は何か嫌なことや不利益があってもいつも「仕方ない」だとか「どうしようもない」と言って諦めている。ジャックは唯一の肉親を大事に思う一方で、希望を持つ青年らしく母の気質を嫌っていた。 (俺は、諦めたくなんかない。いずれ金持ちになって母さんを楽させて、村の連中を見返してやるんだ)  いつもそう自分に言い聞かせながら、地主の畑で毎日汗水垂らして朝

          [短編] 資本主義と豆の木

          [短編] 男子生徒

           高校一年の夏休みを直前に控えた七月。  宿泊研修が終わると、教室内には目には見えない仕切り壁のようなものができていた。  生徒たちは授業後の休み時間ごとに、それぞれ気心の知れたメンバーと離散集合を繰り返す。  理美子は同じバレー部同士の三人の女子生徒と過ごすことが多かった。  昼休み、いつもの三人で机を向かい合わせて食事していると、教室の隅で一人で弁当を食べている男子生徒のことが気になった。  磐井夏樹というその生徒は黒縁の眼鏡をかけていてるせいもあってか、いつも陰気な表情

          [短編] 男子生徒

          [短編] 最後の夏休み

           夏の陽が暮れる頃。田んぼの中から蛙の鳴き声が聞こえてきた。泥の混じったような匂いの夜気が強くなってくる。  祖父の家の縁側で夕涼みをしていると、高台にある神社の方から太鼓の音が聞こえてきた。 「始まったっぺ」  居間で独酌していた祖父が愉快そうに言った。すでに夕飯を済ませてすっかりとできあがっている。  祖母は数年前に他界し、それを機に周りの田畑を近隣の農業法人に買い取ってもらっていた。今では僅かばかりの庭で好きなように野菜を育てながら悠々と暮らしている。  ボーン、ボーン

          [短編] 最後の夏休み

          [エッセイ] この先に待ち受ける運命を知らず尻に敷かれる四本足について

           人類はいつの頃からだろう、臀部を乗せるための道具を使うようになった。  ずっと立っていると座りたくなるので、二足歩行を始めてしばらく経ってから、おそらく人は丸太や石の上に座るようになったのだろう。  それからどれくらいの月日が経ったのか。数多のアイディアによって現在の椅子の姿にたどり着いた。  物事の成立過程について敢えて調べずに、想像を巡らせるのはなかなか愉快だ。  きっと、最初は木の幹や洞窟の壁に背をつけることでより楽に座れることに気がついただろう。  誰かが

          [エッセイ] この先に待ち受ける運命を知らず尻に敷かれる四本足について