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「楽しかった思い出は消えない」 インタビュアー芳麗さんが #もぐら本 に寄せる言葉

正式発売前にも関わらず、『もぐらの鉱物採集 あの人今、泣こうとしたのかな』通称 #もぐら本 に沢山のご注文をいただき、本当にありがとうございます。今日は、私たちの本をいち早く読んでくださった、文筆家でインタビュアーの芳麗さんより、素敵なエッセイをご寄稿いただきました。ぜひご一読ください。

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「出会った楽しさ、嬉しさは、別れても消えない」

芳麗 (よしれい)


いくつになっても、何千人に出会っても、世間話が得意じゃない。

今朝の天候や政治・経済などのニュース、場つなぎの噂話や近況うかがいまで。生ぬるい前戯みたいな会話を滑らかに交わせない。

「けっこう長くインタビューを仕事の1つにしているのに?」とのご指摘もあるけど、世間一般の会話が苦手だからこそ、インタビューというお仕事にのめり込んだとも言える。

たとえば、限られた時間で行われ、人物に迫るロングインタビューの場合。会話は開始2分で「本題」へと突入する。「ともに過ごした時間の蓄積」や「お酒」の力がなければ、聞けないようなことも図々しく聞ける(聞いちゃう)し、少しでもフェアに相手に気持ちよく話してもらうために、こちらの心もできるだけ明け渡して話す。

私は「本題」を聞いたり、話したりするのが好きなのだ。

お仕事の場合は、圧倒的に聞く、すなわち相手からサービスしてもらう時間が長いのだけれど、心を触れ合わせていることには変わりない。

一期一会でも心を開いて言葉を交わせたら、その人との時間は忘れがたいものになる。

「友だち」とか「仲間」とか名前のつく関係じゃなくても、すれ違っただけの他人ではなくなる。その人は、人生の登場人物になるのだ。

付け加えると、私にとっての「本題」は、「秘密」や「本音」や「身の上話」とは限らない。「何てことのない1日の話」だって、その人の心の内にわずかでも触れられたと感じたら、「本題」だ。

2019年7月。

まだ3回目だという「もぐら会」に参加した。

数週間前、紫原明子ちゃんとランチしている時に「新しい試みを始めた」と聞いた。

クロワッサン・オンラインで悩み相談の連載を続けていて、相談の投稿を通じて多くの人と出会った彼女は、「人と人が言葉を交わすこと。それを通じて自力で自分を深めること」について日々考えるようになった。考えるだけではらちがあかないので、「話すこと、書くこと」をみんなで行う「もぐら会」を立ち上げてみることにしたという。

熟考したものの、答えは決めずに新たな航海へと漕ぎ出したよう。

「おもしろそう!」と直感的に言い放った私に、「よかったら、遊びに来てください」と明子ちゃん。ここ1、2年、心が引きこもりがちだった私を、やはり直感的に慮り誘ってくれたのかもしれない。

初めて参加した「もぐら会」には、ゆるく温かくフラットな空気が流れていた。主催者と参加者の壁が薄い感じ。明子ちゃんの短いあいさつの後、参加者の30数人が順番に、「自分の話したいことを話したいように話す」という、いきなり「本題」な自己紹介が繰り広げられた。話法や内容にルールはない。あるといえば、起承転結やオチ、「この話はつまらない? 重すぎる?」などと考えなくてもいいということ。

ルールなしに話すと、伝わりづらかったり、自我や感情が爆発したりする人も出てきそうなものだけど、そんなことはなかった。話者たちは、感情はこめてもどこか客観的に、自由に楽しそうに話したいことを話していた。

そこは、私が好きな「本題」を、みんなで分かち合う空間だった。

私はラストに話した。前日、京都の大学生たちにインタビューについて講義する機会をいただき、学生たちの純度の高い情熱にテンションが上がっていた私は、「出会い」について熱く語ったような……思いのままに語ったので記憶がおぼろげ。

もぐら会の人々の話にエネルギーをもらって、突発的に出てきた言葉も多々あったと思う。「また、時々、遊びにきてくださいね」という明子ちゃんの言葉に、光の速度で「もちろん」と返答した。

2020年5月。

明子ちゃんから、「もぐら本」が届いた。みんなで本を作ったので、一足先に読んでほしいという。前回、もぐら会に参加してから、あっという間に1年近く。数ヶ月に1度、ともにランチやお茶をする時に、「もぐら会」のことは端的に聞いていて、またあの空間に行きたいと思っていた。二つ返事で引き受けたものの、送られてきた原稿は本になる前の状態。A4用紙にプリントされていたこともあり、ずしりと重たいものだった。手にした瞬間、こんなにいろんな人の想いを読み込めるだろうか……とプレッシャーを感じた。人の心に触れるには、気合いと勇気がいる。きちんと時間を作って心身を整えて読まないと、とやや構えながら、2日後、原稿を開いたら、あっという間にその鎧は外れて引き込まれた。

35人が描く、35話。1人1人が見せてくれるのは、心という聖域だ。それぞれに繊細で複雑で彩り豊かで、でも、湿り気や重たさはあまり感じない。「書くこと」は、「話すこと」以上に自分の心を観せる行為だ。しばらく放置していたけれど、ひっそりと息をしていた感情、忘れがたい瞬間、記憶、年々、膨らんでいく願い……etc. 書き手は、誰とも異なる人生を送りながら、心の奥で密やかに育ってきた感情や思考を引っ張り出して、整えて、並べ直して、読み手に観せてくれる。

年齢も性別も経験も異なる誰かの物語は興味深く、そこに記された思いは、読み手である私自身の心のありかを、忘れていた記憶を引っ張り出す。

近しい体験をしながら私が思いもよらないような答えを導き出す人もいれば、全く異なる人生なのに感情を追体験させてくれる話もある。

話者1の「わたし透明化計画」に賛同しつつ、自分も試してみようかと思ったのは、「わたしであること」に疲れているからだろうかと気づかされたり、話者12の唐突なスピリチュアル宣言には笑いながら、「私にもその感覚があるなぁ」とつぶやいたりした。

話者20の「大人になったけれど、泣くときは大声で泣ける」という言葉に心のやわらかな箇所が刺激されて、不意に涙がこみ上げた。

話者26が味わった感情は秒速で蘇るほど身に覚えがあって、過去の自分を省みながら、そこにある言葉にうなずいた。

「誰かの物語を大切にしているうちに、自分もそんなに悪くないと思えるようになる」

だから、私は出会いたいのだ。

他者の心のありように、あらゆる人生に、ずっと刺激され、励まされ、癒され、滋養をもらって生きてきた。

私の好きな小説や書物、会話もそう。こんな風に、その人が心の庭で大切に育ててきた、あるいは、いつの間にか実らせていた、果実をさりげなく渡してくれるようなものだ。

もらった果実を抱えて、自分の庭へと帰り、1人ですみずみまで散歩してみる。

書くこと、語ることは、自分を観せると同時に、人と出会うことなのだと改めて思う。奇跡のような幸福感も、予想外の展開も、出会いがもたらしてくれるのだ。

でもね、人と出会うのは怖いことでもある。

家族、恋愛、友情、仕事……これまでの人生で、いくつもの出会いと別れを経験していて、それが、私の心の庭を豊かにしてくれると同時に、時には盛大に荒らしたりもした。

生来、臆病な性質で痛みや苦しみを忘れる才能が足りない私は、だから、年齢と経験を重ねるほどに、人と出会うのが怖かったり、億劫になったりしてしまいがちだ。

放っておくと、辛い別れや痛みばかりが害虫みたいに心の庭を侵食していく。

それでも、最近、この弱りやすい私の庭を手入れする魔法の道具を手に入れた。その道具とは、こんな言葉だ。

「楽しかった思い出は消えない」

あんなに一途に信じていたのに、引き裂かれてしまった思い。もう2度と言い訳ができないほど、離れてしまった心。残酷な別れ、取り返しのつかない関係性や出来事は人生の中に事実として、ある。毎回、慣れないし、きっとこれからも慣れはしない。悔やむ気持ちに長らく引きずられてしまう私が、それでも、たくさんの人と出会って、自分の人生を深めていくうちに、心からそう思えるようにもなっていた。

たとえ私や相手がいつか心変わりしようとも、結果的に裏切り・裏切られようとも、あるいは、不慮の出来事で別れが訪れたとしても。今のこの嬉しい気持ち、あの瞬間の輝かしさや、一途に傾けた思いまで、消えてしまうわけではないのだと。

幸福な関係や美しい感情も、この肉体のように同じ形を留め続けることはないけれど、私の心の庭の中で消さずにとどめることができる。

そう思うと、また心を開いて、書いてみよう、話してみようと勇気付けられる。

これからも誰かに出会いたいし、自分に出会いたいから。

そんな思いを強くしたのは、「もぐら本」の中でも、大切な誰かとの出会いや別れの物語がいくつも紡がれていて、それが誰かの心の庭で美しい果実になっていることを知ったからでもある。

もぐら会は、船出して、約1年。

「もぐら本」というかけがえのない点を刻んで、また新たな旅に出ることと思います。この先のもぐら会がどのように変容・発展していくのか、メンバーのみなさんや明子ちゃんも、きっとわからないでしょう。でも、だからこそ、見ている私もワクワクします。

みんなで刻む点が、人々が混じり合う瞬間が、どれほどに愛おしく幸福なものであるのか、これからも新しい果実を観たいし、願わくは触れたい。もぐら本を読んだ後、そんな希望にも包まれました。

<著者プロフィール>
芳麗(よしれい)
文筆とインタビューを中心に生活。https://fafa-yoshirei.com
普段は、インタビュー、コラム、取材記事、書籍構成などを通じて、「今ここで幸せに生きる」を探しています。noteでは、カルチャー日記、ライフスタイル、愛とか恋とか人間とか、自分のことも。自著に『相手も自分も気持ちよくなる秘訣』『Love リノベーション』など。雑誌『and GIRL』にて「芳麗の女と文化の話café」 (https://www.andgirl.jp/search?q=%E8%8A%B3%E9%BA%97)を連載中。
今日始めたnoteもよろしくお願いします。 → https://note.com/yoshirei_note


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