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中国の水産物禁止の影響論

◉劇場版『進撃の巨人』の脚本家として知られるが町山智浩氏が、X(旧Twitter)でこんなことを発言されていました。

中国にとって日本は水産物輸入先の10位にも入らないから禁輸は痛くない。日本の水産物を禁輸するのは中国だけでなく香港も。中国と香港で日本の水産物輸出額の半分近く(年間1600億円)を占める。しかもこれが何年も続く。普通に考えて放水は日本の政権が自国の漁業に大打撃を与えた失策。

https://twitter.com/TomoMachi/status/1694734446837252586?s=20

日本の水産物の最大の輸出先である中国が再三「処理水の放出をやめて」と言い続けたのに放出を強硬し、禁輸されたのだから、政権の外交の失敗です。
それで日本の漁業が被る損失は1年で800億円以上です。それが何十年も続きます。あなたが頑張っても食べられる量ではありません。

https://twitter.com/TomoMachi/status/1694719723093758196?t=AbLciJ3ihAvLCMPwLfEMzw&s=19

正直、呆れ返ったのですが。近年は党派性丸出しの発言が多く、宝島30時代のあの、抜身のナイフのような切れ味がすっかり鈍っていますね。編集者としてイロイロと影響を受けただけに、残念です。では、この論のおかしさをデータを元に検証しましょうかね。

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ヘッダー はノートのフォトギャラリーより、ナマコ(海鼠)の写真です。なぜこの写真を使ったかは、本文を読めばわかります。


■水産物の輸出額は?■

先ずは、水産庁のデータから、検証していきましょうかね。いろいろと漁業政策的にはデタラメな水産庁ですが、それでも公的なデータですので、これが最も信頼性が置けるでしょう。そもそも水産庁は『食料・農業・農村基本計画』において、農林水産物・食品の輸出額の達成目標を2030年に5兆円としており、うち水産物は1.2兆円と、かなりの市場開拓を既に目標として掲げています。掛け声倒れかもしれませんが、そもそも市場開拓の意志も目標も、既にあったわけで。さらにこのPDFデータの3ページ目に、興味深いデータが掲載されています。

水産物の輸出拡大と 品目団体の状況について - 水産庁https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/attach/pdf/seityou_19-70.pdf

リンクが上手く開けない人のために、3ページ目のスクリーンショットがこちらです。

こちらのデータを見ると、確かに日本の水産物で中国に占める割合は大きいのは事実です。昨年の数字を見ても、3873億円の42%を占めるのは分かります。脚本家の町山氏がいう半分近くのはやや正確ではないですが、だいたい1627.92億といった数字なのは事実。ところが、この水産庁のデータ、右側の円グラフよりも左側の棒グラフが重要です。2020年の水産物輸出額は2276億円。なんと昨年2022年より、1397億円も少ないです。

■乱高下するのが漁獲量■

高名な脚本家の町山智浩氏は、水産物が一気に輸入されなくなって、日本の水産業が大打撃を受けるかのようなことを言っています。しかし2018年には3031億あった輸出額が、2年後には800億円ぐらいも輸出額がガクッと下がり、その2年後には逆に1400億円ぐらい上がる。水産物の輸出額というのはそれぐらい、乱高下するもののようです。でも、2020年の輸出額が大幅減になった時に、今回のように「もう日本の水産業は終わりだ」ぐらいのレベルで騒いだ人は、何人いましたかね? 少なくとも脚本家の町山氏は、当時は騒いでいなかったはずです。

実は自分たち作家や漁師は、白色申告でも赤字の繰越が認められている職業です。これは 税務署の職員でも知らない人間の方が多数派。このことを質問すると、「赤字の繰越ができるのは、青色申告だけです」と自信満々に断言しますが。間違いです。作家や漁師はサラリーマンと違って、毎年の収入が不安定な職業なので、数年間のトータルでの収入を見て課税する必要があるため、白色申告でも赤字の繰越が認められている、例外的な職業のひとつです。それぐらい漁業の収入は不安定で、その年の漁獲量によって乱高下する職業のなのです。

更に数字を追えば、2020年の漁業・養殖業の生産額は、前年から1477億円減の1兆3442億円です。なので、中国・香港への輸出額1627.92億は、ほぼ12%ぐらいに相当します。もちろん軽視していい額ではないですが、2020年は2019年の売上から1477億円も減じていることを思えば、実はそれぐらいの増減は、日本の漁業ではよくある話。それを受け止めるぐらいの柔軟性や、経験値が日本の市場や漁業関係者にあることは、この過去の数字を見れば一目瞭然でしょう。なにしろ税制も対応しているぐらいですしね。

■輸入規制の影響は軽微?■

中国は既に、福島・宮城・茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・長野・新潟の10都県産の食品等を輸入停止し、この10都県産以外の野菜・果実・乳・茶葉および加工製品も、事実上輸入停止状態。このような状態ですから、さらなる輸出規制についての影響は、そこまで大きくないという予想もあります。こちらは、野村総合研究所の記事です。

【中国による日本の水産物輸入停止の経済的打撃は大きくないが、貿易規制のエスカレーションに注意】NRI

他方、日本の輸出あるいは経済に与える影響は限定的だろう。中国及び香港向け水産物輸出が輸出全体に占める比率は0.17%に過ぎない(2022年)。さらに、輸入停止が1年間続いても、日本のGDPの押し下げ効果は0.03%に過ぎない。

https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2023/fis/kiuchi/0824_2

0.03%……現実の数字はこんなものです。今年だけに関しては、多少の混乱があるでしょうけれど。しかし、例えば中国産レアアースの輸出規制の嫌がらせの時もそうでしたが、日本の対応力は高いです。レアアースの代替物質となる物質の開発や、使用量を大きく減らす技術の開発、輸入先の多様化で、嫌がらせに対抗しました。レアアースのように、すぐには対応しづらい工業製品の原材料でも、わずか数年間で対応し、中国の脅しに屈しませんでした。いわんや乱高下が当たり前の水産物をや。たらればさんの、こちらの指摘が正鵠でしょう。

日本は広島G7サミットでも、またEUに対しても、輸入規制を撤廃させていますから、こちらの数字を軽視しすぎですね。もっと言えば、中国のやっていることは、IAEAやG7やEUの決定に逆行する行為ですから、不公正な貿易としてWTO(世界貿易機関:World Trade Organization)に提訴できる可能性が、多分にあるでしょう。その点には言及しない左派が、多いですが。なぜでしょうね? 脅しに屈して、権威主義国家に成功体験を与えてはいけないのに、いったいオマエは何処の国の国籍なんだよ……と思うような人間がSNS上に多くて、呆れますね。日本はできることを、粛々とやればいいです。

■中国は我慢できない?■

他にもジョン姉さんⅢさんから、興味深い指摘があったのでご紹介。ヘッダーになぜナマコの写真を使ったか、ここで繋がります。歴史に詳しい人は、江戸時代の老中・田沼意次が、日本と中国(清王朝)の貿易不均衡を是正するため、俵物を盛んに輸出したという歴史教科書の記述を覚えているでしょう。この俵物とは、いり海鼠なまこほしあわび(干鮑)・鱶鰭ふかひれなどの、海産物の乾物です。特にこの3種類を、俵物三品と呼びます。大陸国家の中国は海が意外と少なく、しかも南側の温かい海が中心です。

中国や香港をよく旅行した友人などに言わせると、日本産の干しアワビが何万円もの値段をつけて売られているぐらい、中国人にとってこれらの乾物は、北海の珍味なのです。中国でもいちおうナマコやアワビは獲れますが、質も量も日本産の敵ではありません。俵物には他にも、昆布やカラスミやクチコ、寒天の原料の天草、鰹節、スルメなどなどが含まれます。南北に長い島国日本は、中国人が喉から手が出るほど欲しい、美味しい海産物の宝庫です。なにしろ排他的経済水域の広さは世界6位の海洋国家。ちなみに薩摩藩は、琉球を経由した中国との密貿易で、大儲けしたのですが。この時の主要な輸出物が昆布でした。

実はうちの先祖も、この密貿易に関わっていた可能性があるのですが。越中富山の薬売りの販売ネットワークを生かして、まず東北地方で良質な昆布を集荷し、これを薩摩藩に薬として運んで、薩摩藩は琉球王国まで持って行き、中国に密輸出する。日本国内で、富山県と沖縄県の昆布の消費量が昔から多いのは、このような歴史的背景もあります。特に沖縄は温暖な海なので、良質な昆布がほとんど取れないにもかかわらず、昆布を使った料理が豊富で名物です。食に歴史ありですね。

■政策あれば対策あり■

世界的な美食のルーツである中華料理において、良質な グルタミン酸を多く含む出汁が取れて、それ自体も美味しい昆布は、薩摩藩の財政を潤すほど、昔から需要があったわけで。いわんや、ナマコやアワビやフカヒレの乾物は、中華料理にはなくてはならない超高級食材です。また上の水産庁のグラフを見れば、ホタテの対中国輸出量がかなり大きいのが、理解できます。ホタテはそのまま食べても干したものを戻しても美味しいですし、XO醤の旨味成分に使われるように、さらに出汁をとっても美味しい食材ですから。

はい、そんな重要なものを、中国政府が輸入停止したからと言って、中国国民が御無理ごもっともと、我慢するでしょうか? 日本でも、輸入禁止されてたはずの北朝鮮産のシジミが、産地偽装して輸入されていたのが次々と発覚しましたよね? 中国人が大好きな、これらの品々を禁止されたら、むしろ値段が高騰して密輸が盛んになるだけでしょうね。ベトナムやカンボジア、ビルマなど東南アジアの各国にいったん日本から輸入され、迂回して間接的に中国向けに輸出される可能性が、かなり高いでしょう。

これら現代の俵物は、中国の業者が日本に支社を置いて輸入して、加工工場も中国に大規模にありますから。中国の業者としても、輸入停止は死活問題になります。上に政策あれば、下に対策あり。中国の民衆というのは昔からそういう、したたかな国民性ですから。そもそも高級食材の現代の俵物は、東南アジアやアメリカなど、華僑が多く進出している国なら、新規市場の開拓は、それほど難しくないでしょう。大ヒット映画『劇場版進撃の巨人』の脚本家であらせられる町山智浩氏や左派の不安煽りに、うかうかと乗る必要はないと思います。

左派マスコミがどう騒ごうとも、産経新聞が報じているように築地魚河岸のプロフェッショナルたちは、ちゃんと商品を見ています。万機公論に決すべし。
どっとはらい( ´ ▽ ` )ノ

売文業者に投げ銭をしてみたい方は、ぜひどうぞ( ´ ▽ ` )ノ