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2016年9月の記事一覧

忘却のメモリ

忘却のメモリ

 覚えておけることは、とても少ない。

 僕は旧式で容量が少ないから。

 いま、こうして玄関のドアに、もたれかかっているあいだにも、記憶が崩れていっているのがわかる。どんどん、上書きされていってしまう。過去は埋もれて、メモリから削除される。そういうふうにわざと作られているんだと、聞いたことがある。その方が、人間らしいだろう、とも。

 「今、ここにいる」理由も、いずれ忘れてしまうのかもしれない。

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もう人形は踊らない 2

もう人形は踊らない 2

 団長が彼女のことをどこで知ったのかはわからない。

 私は拾われ子で、気づいた時にはこの劇団で働いていた。団長の言うことは絶対で、ほかの団員達は最年少の私を可愛がってくれていた。でも私には演者としての才がなかった。多少の芸はこなせるものの、人を引き付けるようなものがどうしてか足りないのだ。そうそうに見切りをつけられた。裏方に回るように言われ、それに徹した。

 ここでは、いらない人間は簡単に切り

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もう人形は踊らない 1

もう人形は踊らない 1

 パントマイムは黙劇とも呼ばれている。

 言葉ではなく、動きだけで人を魅了するそのさまは、少しの違和感と子気味悪さを兼ね備えている。喜劇を演じるのが最近の主流だけれど、彼女の踊りはどちらかというと悲劇に近いのかもしれない。はっきりと言い切れないのは、「操り人形」という演目の内容のせいではない。彼女のまとう雰囲気がそうさせるのだ。

 舞台に立つ彼女はいつだって人の心をとらえ、そして逃しはしない。

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0.3ミリ

0.3ミリ

 タナベ君はいつも、うぐいす色の細長い筆箱からシャープペン、消しゴム、付箋、蛍光ペン、定規、シャープペンの芯。必ずその順番で物を机に置く。

 無意識のものなのか、高校入試に向けての願掛けなのかは分からないけれど、私の知る限りではずっとこの順番だった。それに気づいたのは一か月ほど前のことで、塾の席替えで私の席がタナベ君の左斜め後ろになったからだった。できることなら本当は隣の席が良かったのだけれど、

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あたたかな宇宙

あたたかな宇宙

 人間の骨というのはあんなにも軽いのね。

 そんなことを考えながら家に帰ると、真っ黒だったはずのワンピースに無数の光が溢れていた。薄暗い玄関で靴を脱ごうとしたときに気が付いた。誰かの化粧のラメが付いたのかもしれないかと思ったけれど、その程度のささやかな輝きではない。思わず目を細めてしまうほどだった。

 暗澹たる空気が漂うこの部屋よりも、ワンピースは夜闇色に染まっていてそこには光が、いや星が混ざ

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