キャラクターの余白

【事の発端】

去年久しぶりに『シン・ゴジラ』を観ていた。こんなに日本の政治が揶揄されてたのに公開当時はそこまで気にしてなかった、というよりは社会にあんまり興味がなかったし、触れてなかったから記憶に残っていなかった。ブラックジョークが効きまくっていて面白い面白い。今は亡き大杉漣さんがいたりしてちょっと寂しくなったり。

で、なぜこんなに『シン・ゴジラ』が面白いか自分なりに分析してみた。

結論:キャラクターの背景を省略したから。

登場人物は皆、ゴジラという脅威に対してどう対処するか悪戦苦闘するが、登場人物に対する解像度は上がらない。深掘りされないのだ。

『ゴジラ−1.0』では、戦争に行かなかったがゆえの卑下や天災に似た存在に対する個人的感情など、セリフや演出はともかく、登場人物の描写が盛り込まれていた。しかし『シン・ゴジラ』では登場人物たちの具体的な過去は言及されず、ゴジラという異常事態への対処、というお仕事をこなす人々を淡々と映し出す。そのため、ゴジラへの対処に関する会話以外はほとんど無い。登場人物の数が多く、内閣、自衛隊、米国関係者などが入り乱れるので、いちいちキャラの深掘りなんぞやってられないのだ。感情を排し、必要なことだけを喋らせる庵野監督の演出は、結果的にテンポの良い風刺とキャラクターの余白を作り出した。つまり、劇中で明言されない事柄に関しては観客の思い描く通りになる。

よく小説は、映画と違って文字情報のみで構成されるため、読者の想像の中で情景や物語が創造されると言われる。これは確かにそう言えるので反論はしない。しかし、だからと言って小説の方が映画よりも高尚な作品形態であるとは思わない。むしろ、映画を観て、そこからさらに想像の中で遊ぶのは高等テクニックだと思う。すでに与えられている情報が多いので、そこからの想像は限られてしまうのだ。しかし、人は想像がうまい。劇中で全く言及もされていないことを想像し、ハッスルできるのだから。

【オリジン】

『シン・ゴジラ』を観て、キャラクターに余白があると楽しむ余地が増えることに気づいたので、他の映画でもその余白で作品が魅力的になっている例を考えてみた。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジャック・スパロウは、初期三部作では海軍や他の海賊達によって過去に言及されることが多いが、その話は噂レベルで信憑性は低い。つまり余白が残されている。しかしシリーズが低調に傾いた4作目を受け、続く5作目でディズニーはジャック・スパロウの過去を映像化するという悪手に出る。映画キャラクターは過去を想像させてくれる余白があるからこそカリスマ的魅力を放つのであって、「彼の過去はこんなでした!」と公式が"正解"を出してしまうのは勿体無い。しかも『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』では過去作と矛盾する箇所(ジャック・スパロウの持ち物であるコンパスがティア・ダルマという人物から貰ったことになっていたのに、違う人物から受け継いだという描写)があり、非常に残念な気持ちになったのを今でも覚えている。

他に『シュレック』のスピンオフである『長ぐつをはいたネコ』のプスも、過去が明らかにされることに主軸を置いた一作目は、正直面白くなかった。

【続編非希望】

シリーズ映画が主流のハリウッドだが、観たい続編もあれば観たくない前日譚もある。過去を絶対に映像化してほしくないのは『ブルース・ブラザース』だ。あの義兄弟の過去はそれこそ観客の数だけバックグラウンドがある。特にあの映画はあの時代の空気感が完璧に閉じ込められたタイムカプセルなので、何も手を加えて欲しく無いし、これ以上の続編はいらない。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクも、過去を紐解く作品はお断りだ。Netflixなどのオリジナルドラマでやりそうな題材ではあるが、これまで観客の想像の中で育ったオリジンを超えることはまず無い。

【公式による見事な”正解”】

公式が"正解"を出してしまうのは勿体無い、と書いたが、もちろん例外もある。インディ・ジョーンズやジョン・ウィックは、続編で過去を明らかにしてもそのキャラクターがより魅力的になっていることに脱帽する。

前者は、三作目においてキャラクターのアイコンである帽子とムチと顎の傷(この傷は演じるハリソン・フォードが若い頃大工の仕事中に負ったもの)についての描写がされるが、全く違和感なく名シーンとして語り継がれている。

後者も同様に、ジョン・ウィックという殺し屋が育った組織が登場するが、世界観とマッチしており矛盾もない。そしてその過去に関する描写はしっかりと作品に厚みを持たせることに成功している。正直ジャック・スパロウの若き日の描写は、予告のために作られた感が否めない。客寄せパンダならぬ客寄せスパロウである。

【逆に観たい過去編】

それでは、ここで明るい話題に移ろう。筆者が観たい前日譚の話だ。

まず『エクスペンダブルズ』創成期は観たい。3作目でハマーやウッドマンといったエクスペンダブルズ創設メンバーの話が出たが、映像化はされていない。若き日のスタローンやウェズリー・スナイプス、メル・ギブソンをこれからのハリウッドを担う若手アクション俳優が演じるという展開もエクスペンダブルズらしくてアツい。スタローンが出演しなくなるなら、この展開はアリでは。

『長ぐつをはいたネコと9つの命』のラストで『シュレック5』が示唆されたが、『シュレック』の過去編も面白くなりそうだ。かなり村人から恐れられ、一作目までずっと一人で生きてきた様子なのでかなり切ないことにはなりそうだが…。



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