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ショートショート 6 父の弁当

  父の弁当   
 周人は父親と二人暮らしだ。周人が小学校に入る前に、病気で母を亡くした。周人にはあまり母の記憶はない。父は看護師をしており、休みが不規則だったがよく遊んでくれた。夜勤の時は小学校までは、少し離れたところに住んでいるおばぁちゃんちから学校に行った。今は中学生なので、一人で留守番をし学校に通っている。中学生になって周人には大きな悩みが一つできた。小学校の時は給食だったのが、中学は弁当なのだ。父は嫌な顔をせずに作ってくれる。おかずの数は少なかったが、自分はそれでいいと思っていた。夜勤のときはコンビニでおにぎりやパンを買っていった。
しばらくして、父が風邪を引いて寝込んでしまった。
「周人、悪いな。弁当作れん。昨日の晩御飯のおかず入れてけ」
「うん。わかった」
周人は自分で何とか弁当を作った。作りながら、これからは弁当は自分でやろうかな。父ちゃんは晩御飯も作ってるし、と考えていた。その日四時間目が終わり弁当を食べているとき、隣に座っている康介が
「周人の弁当いつもおんなじようなおかずだな。あきねぇよな」
と言ってきた。周人はそれには答えず弁当を食べていた。
「俺のおかず一つ分けてやってもいいぜ」
その言葉を聞き終わるか終わらないかくらいに、周人は康介のむなぐらをつかみ、二人とも床に倒れこんだ。
「ふざけんじゃねぇ。いらねぇよ」
周人は涙を浮かべ怒鳴りながら康介の顔を殴っていた。
「俺は親切のつもりで言ったんじゃねぇかよ」康介も握りこぶしを周人にむけて振り上げていた。
「やめろ!」
担任の先生の大きな声で、二人ともはっと我に戻った。
「康介お前本当に親切で言ったのか?周人は殴ったことを謝れ」
「嫌です。康介に先に謝らせてください」
周人は素直に謝る気にはなれなかった。
「何言ってんだ周人。先に手を出したのはお前だぞ」
「先生は何もわかってない」
珍しく反抗的な態度を周人はとった。周人の頭の中は風邪で寝込んでいる父の様子や、晩御飯の支度をしている父の姿が駆け巡っていた。
「康介が謝らなければ、俺は絶対に謝りません」
そう言い張らなければならない。俺は譲らない。そんな気持ちを自分で感じながら、周人は落ちた弁当箱を片付けはじめた。

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