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ショートショート 9 おたくって⁉

  おたくって?
 中学二年の達夫は蝶が子どもの頃から好きだった。それは、父の影響が大きいのかもしれない。父が蝶の採集を趣味としていて、きれいに仕上げた標本がたくさん家にあった。それを見て達夫は、純粋に(蝶ってきれいだなぁ)と思って育ったのだ。
 小学生になると、夏休みは父と蝶の採集に出かけるようになった。いろんな蝶を捕まえて、間近にその模様を見たときの感動が最高だった。学年が進むにつれて父は、採集する蝶にねらいを絞り、どこに行けばその蝶と出会えるか、自分で調べるという宿題を出した。蝶の生態を調べることは全く苦ではなかった。調べたあと、実際に採集に連れて行ってもらえるからだ。
 中学生になり達夫は部活に入るかどうか迷った。長期の休みが、採集のために使えなくなるからだ。悩んだが、入らないことに決めた。自分の趣味を深めようと思った。
 ある昼休みに、いつものように蝶の本を読んでいると、こそこそと話をしているのが聞こえてきた。スポーツ万能な浩介グループだ。
「あいつ、またチョウチョの本を読んでるぜ。おたくだよな」
(おたく?蝶の美しさにひかれているだけなんだ、俺は)
「おい、おたくってなんだよ」
と達夫は強い口調で言った。
「いつもチョウチョの本ばっか見てんじゃん。部活もやんねぇですぐ帰るし」
「部活は関係ないだろ。やりたいことがあんだよ」
「うわー、チョウチョおたくが口答えした」
ちゃかすように浩介が言った。達夫は浩介のことばにかっとし、自分でも何がなんだかわからないうちに、浩介のワイシャツの襟をつかんでいた。
 放課後、達夫と浩介は職員室に呼ばれた。
「達夫、なんでつかみかかったんだ?」
と先生に聞かれた。
「・・・」
「黙ってちゃわからん」
「浩介が僕のことをチョウチョおたくとからかってきたんで・・・」
「浩介、そう言ったのか」
「はい、言いました」
「なんでそんなこと言ったんだ」
「いつもチョウチョの本ばかり読んでるし」
 先生はしばらく黙っていた。そして
「浩介、君は部活を休まず頑張ってるよな」
「はい」
「それは何でだ?」
「えっ? サッカーが好きだからです」
「そうか。じゃぁ、達夫が蝶のことを好きなことは、君がサッカーを好きなこととどんな違いがあるんだ?浩介自身の考え方だと、サッカーおたくじゃないのか」
 そう言われた浩介は、サッカーおたく? (えっ! 俺おたく⁉ 
サッカーおたく?) 心の中で何回も繰り返していた。

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