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ショートショート 7 もういいんです

  もういいんです
 山中葉月は大学を卒業したばかりの新米中学校教師。生徒の前で授業をするのは教育実習以来だ。授業以外にもクラス担任なので、学級づくりもしなければならなかった。
 一年三組三十五人。葉月先生の初めての教え子たちだ。いいクラスにするぞ。いじめなんか絶対に許さない。気合が入っていた。入学してしばらくは生徒もおとなしかった。いい子たちだなぁと葉月先生は素直に喜んでいた。四月の中旬くらいまでは、オリエンテーションやら新入生歓迎会やら、学級の掲示物作りやらでバタバタと過ぎていった。

「葉月先生、早苗さん最近表情暗くない?」
「えっ?」
隣に座っているベテランの畑山先生からそう言われても、葉月はピンとくるものがなかった。早苗は普段からおとなしく、自分から葉月に話しかけてくることはなかった。そういう子だと思って見ていた。その日から気をつけて見ていると、掃除の時間にはっとする光景が目に飛び込んできた。早苗の机がある列だけ、毎日最後まで残るのだ。
「なぁに、どうして?」
「運びなさい」
 声をかけてもすぐに動く者はいなかった。それどころか顔を見合わせ、え!と言うような表情をしている。その表情を見て葉月はかっとし思わず
「運びなさい!」
と大きい声を出してしまった。一番初めに動き出したのは班長の実だった。しかし、早苗の机は早苗自身が運び始めた。早苗は他の机は運ばなかった。早苗は確かにおとなしく、自分からは声をかけていくタイプではなかった。行動は少し遅い。シャキシャキ動ける子たちはイライラするかも知れないが、だからといって人に迷惑をかけている訳ではない。
 その日の放課後に、葉月は教室掃除の班を残した。
「いつも同じ列の机が運ばれないって、どういうことなの」
 沈黙が続いた。
「あたしがのろまだから・・・。みんなと同じペースでできないから。給食も遅くて片付け間に合わないし。美術の道具を出す当番の時も遅くてみんなに迷惑かけてるし」
と早苗が泣きながら話し出した。小学校の頃からこういうことはよくあったから、もういいんだと言う。
 葉月は『もういいんです』と早苗が言った言葉にショックを受けた。教師としてわたしはどうすればいいの。中学一年十三歳で『もういい』なんて、絶対にだめだ。だけどどうやって、クラスの子どもたちに投げかければいいの。いじめは許さないって誓って教師になったのに・・・。
「ねぇ、みんなもういいなんてことあっていいの?」言いながら涙がでてきた。(人は一人ひとり違うんだって、どう教えていけばいいの)心の中で繰り返していた。


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