《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第13話
三月二十七日(水)
ジンベエザメの長靴は白い。にも関わらずドブにじゃぶんじゃぶんと入っていく。
農業用水路と言っても始点に近く、今は用水が流れる時期ではないため、周囲から滲み出た水がふくらはぎぐらいの深さで滞留している。幅は人が一人入れる程度で最初は下流から昔のロールプレイングゲームのようにジンベエザメに付いて行ったが、その水は重く、歩を進めるたびにジンベエザメの背中に、はねる気がして土手を歩くことにした。
上から見るに輪っかは見当たらなかった。
ジンベエザメはおおよそここかと検討をつけると素手になり、ドブの中にその両手を突っ込んだ。
「周りから水も滲み出ているし、管があるならそこが水の通り道になってドブより冷たい水が出てくるもんだ。手袋じゃその違いに気付けない。」
なるほど。と思うが、だからと言って素手で突っ込みたくはない。
同意すれば、私も手伝うハメになるし、否定すれば、ジンベエザメに申し訳ない。どう返答しようかと迷っているとジンベエザメは続けた。
「白い長靴もそう。
コンクリートは硬まる前のpHが13くらいで、ぬるま湯なんてコンクリートを洗う石鹸水と同じくらいに弱いもんだ。アルカリ性は刺激が少ないから、夏の暑い日に黒長靴なんか履いてたら、長靴が熱いのか、長靴に入っちまったコンクリートが反応して熱いのか分からないで作業を進めちまう。
給食のおばちゃんみたいだがな。」と、歯茎を見せてきた。また、
「熱い熱いって言ったのは、得体の知れないぬるま湯だし、早く水をかけてくれってことだったが、伝わらんから諦めた。」と、事件発生当時の心境も語ってくれた。
そう言うと、ジンベエザメは土手に上がり、スコップで畑を掘り返し始めた。
「見てみろ。」
掘った穴を覗き込むと、茶色い陶器でできた管の表面が半分顔を出し、きらりと輝いていた。
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