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連載小説「戊辰鳥 後を濁さず」

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土木業界を離れることとなったため、今までの仕事の経験をもとに初めて小説を書きました。 全85話で完結。約55000字となりました。街から文学が生まれるのではなく、街づくり文学を目…
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#温泉

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第1話

あらすじ 戊辰鳥 後を濁さず ―つちのえたつとり あとをにごさず― 第一部「釜場」 三月十五日(金)  農家であり地主であるトキ家の跡取り娘として生まれた私は、二十歳の時、祖父の養子となり、祖父からボロアパートを一棟譲り受けた。  表向きはトキ家の血を絶やさないためとなっているが、実際は広大な土地を持つ祖父から相続を受けるためである。  医師が祖父に宣告したおおよそ三年後までに私は相続税として多額のキャッシュを用意しなければならない。そのため、ボロアパートを解体し、そ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第3話

三月十七日(日)  湯が湧いた!  あっという間の出来事だ。  ドンッ!と一回、湯柱が上がり、ボーリングマシンはひっくり返った。  ジンベエザメは湯を身体中にかぶった。  私は衝撃音で体がビリビリしている。  湯柱は膝丈くらいの高さに落ち着いたが、幅が1mくらいに増して、ボコボコと音を立てている。  ジンベエザメは熱い熱いと言う。だが、服を脱ごうとしない。火傷の際は服を脱がずに冷やす。これが鉄則だ。だが、冷やす素振りはしない。熱い。熱い。これを繰り返している。  

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第19話

四月二日(火)  健康項目はホウ素とフッ素が高かった。  これは予想通り。温泉について、この二週間徹底的に調べた。これは温泉に多く見られる傾向だ。  生活環境項目はpHが10.1で、大腸菌は見つからなかった。温度は、26℃。あと12℃ほど加熱すれば温泉として使える。pHが高いので長湯はできないが、どこかヌルッとしたような泉質なのでそんなに長くは入浴しないだろう。  というわけで、ハートは熱く、頭は冷静に、一旦深呼吸して封筒に書いてあった調査機関の番号に電話をかける。

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第27話

四月十日(水)  市役所には何も言わないでいるつもりが、市役所の方からやってきてしまった。  カピバラ市のロゴマークが入った市役所の軽ワゴンが母屋の前に急に止まって、また何かトラブルかと思ったら、ラクダだった。  朝顔のタネとプランターとSDGsのロゴが四つも配置されたA4カラーのパンフレットを持ってやって来てくれた。緑のカーテン作戦といって、夏場に室内の冷気を保つことを目的に窓の外に蔓性の植物を繁茂させることで、日光の直射を防ぎ、葉の蒸散作用で冷気を保つことを目的とし

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第29話

四月十三日(土) 「朱鷺の湯温泉」と、白い布に朱字で書かれた暖簾をジンベエザメが入り口に掛けた。  このロゴというか習字の入った暖簾は、ジンベエザメのお手製で、なかなかの達筆だ。  しかし、露天風呂はまだ完成ではない。塀の一部が横板を貼れていない。という理由もあったりで、今日は全員水着を着ての入浴だ。今日は、サッカー少年団で知り合い、今も仲良くしているビーバーとシロクマがやってきて、一番風呂に浸かってもらう大事な日だ。  ビーバーは今、サッカー少年団の女子チームのコー

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第32話

四月十六日(火)  モグラがびしょ濡れで慌てて母屋の玄関に飛び込んできたのは、昨日の夜の出来事だ。そんなことがあったので、今日のモグラは縁側で抜け殻のようにぼーっとしている。  モグラがやらかした釜場の爺さんの仕事はこうだ。ひたすらに薪をくべ、大鍋を六杯も沸かす。大鍋は三つしかないため、二回ずつ沸かす。  モグラは忘れっぽいので、釜戸の近くの塀にはラミネートされた配合表が一枚貼られている。内容はこんな感じでジンベエザメが作ってくれたものだ。  だが、この日は外気温が低

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第76話

八月三日(土)  シマエナガさんと露天風呂に浸かっている。  あれからシマエナガさんは、カピバラ市のことを知ろうと市内の様々な場所に赴き、ゾウ山にも登ったらしい。その下山の際に、温泉に入りたい。と思ったらしく、いつかトキさんの温泉に入ろうと決めたんだ。だから今日は嬉しい。と、言っていた。  ジンベエザメの案について、お話しした。うまく伝えられたか分からない。そうしたら思わぬ返答があった。 「私たちもそれを良い案として考えていました。  けれど、それに伴い用地の交渉をお

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第77話

八月三日(土)  新国立競技場の建設作業に携わっていた若い男性が過労で自殺していることをシマエナガさんは話してくれた。 「あれは、現場の問題ではありません。実際の現場の惨状は知りませんが、どう考えても計画の問題です。」と、シマエナガさんは言う。そして、それ以上は言わなかった。 「技術の結晶は、現場に現れます。  私も現場で働きたいです。  しかし、女性である以上、それはなかなか難しい。  だから現場のことを思って計画したい。  私の担当する計画で、こんなことは起こさない

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」最終話

そう遠くないいつかの三月十五日  ゾウ山登山を楽しんだ人  新幹線の旅の疲れを癒す人  サッカーを楽しんだ人  毎日、仕事で頑張った人  そうやって、いろんな人たちが集まって、その話題に花を咲かせている。  ここは、「温泉旅館 朱鷺之湯」  暖簾に書かれた屋号の周りには花丸が描かれている。  この旅館には、さまざまなお風呂が用意されている。  微炭酸の水泡の浮いた、それはそれは大きな大浴場 甚平鮫の湯  熱いけれどお肌に優しい乳白色 白熊の湯  笑っちゃうくらい香木