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俗物化

先日、自分のメモがふと目に留まり気になった。 自分も歳を取ってきている。年々歳を重ねてきており、今年も確実にまた1年歳をとる。したがって自分もきっと、去年の自分よりも程度の差こそあれ、俗物化しているのだろうか。 たしかに年を取ると、角が取れて丸くなったなぁ、という自覚はある。学生時代は触るものみな傷つけたわけではないにせよ、それなりにやや痛々しい刺々しさがあったとは思うし、触れるものに何かしらの価値判断をし、イケてる/イケてないの選別を繰り返すような時期もあった。曰く、○

    • 記憶の中にだけある味

       神吉拓郎の傑作選2を読んでいたら、美味しいごはんの話の中に祖母が作ってくれたご飯のことを書いたものがあった。こどもの頃はハイカラなものが好きだったけど、年をとって思い出されるのは祖母が作ってくれた五目すしだった、というようなお話。  それは確かにそうなのかもしれない。自分の中で思い出されるのは、祖母が作ってくれた赤飯の味。遊びに行くとなると、前の日から小豆を煮て手間も時間もかけて用意してくれていた赤飯は塩味が効いていて、ごま塩をかけなくてもおいしい。気がつけば好物になって

      • 実りの無い文章=「その人ただひとりの中にある文章」

         荒川洋治の『文学は実学である』は、買っておいて何なのだけど、第一印象はそんなに良くなかった。実学?というのが、役に立つもの、という感じがして、文学は実学なのか? 実学である必要があるのか? そんなにわかりやすく役になんか立たなくていいじゃないか、と思っている自分としては、むむむ、という感じだったのだろう。  ところが読んでみると、微塵もそんなことはない。  実りのない文章だ。まったく実りのない文章を書くものだ。そして実りのない文章は、その人ただひとりのなかにある文章なの

        • 道ならぬ恋と昔々の口説き文句

           『三銃士』を読んでいたら、優男がお妃さまを口説くシーンがあったのだけど、この辺の時代の男性の口説き方ってストレートで、完全に押しまくるスタイルが多い。もう駆け引きとかではなく、何を言われても、めげないで口説く。いや、その何を言われても押しまくる様式こそが駆け引きでもあるのだけど、完全に好き好き大好き超愛してるモード。  あー言えば、こういう、みたいなことばの遊戯のようなやりとりにはある種の予定調和を感じてしまうことがほとんどだが、遊技というのはルールに従った様式美もこれま

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        • 雑記
          4本

        記事

          ピエール・フルニエのCDに使われたマティスを追いかける

           読書のBGMにクラシックを流していたら、ピエール・フルニエのバッハ『無伴奏チェロ組曲』が流れてきて、思わずそちらに意識を持っていかれた。  PCに読み込み、iTunesでランダムに再生されるので、いつも流れてくる曲には新鮮な驚きがあるのだけど、数年ぶりに聴いたフルニエの音には新鮮な揺らぎがあって、ちょっと演歌のような?貯めがあって、聴き惚れてしまった。  たまさか読んでいた本が堀江敏幸初の音楽エッセイ集『音の糸』で、音楽に対するセンチメンタルな思いが高まっていたことも琴

          ピエール・フルニエのCDに使われたマティスを追いかける