豊かなもの

喫茶店の駐車場に車を停め、友人が来るまで窓を開けて読書をする。
ここへ来る途中、『街の喫茶店あっぷる』という別の店を目にした。
店内は老若男女で混み合っていた。
『お弁当あります』という旗が掲げられ、風に揺られてたなびいていた。
わたしは喫茶店というものが大好きで、欲しかったちょうどよい存在感や言葉、親密度を目の当たりにしたような気がした。

喫茶店のキッチンから響いてくる、食器類がカチャカチャ当たる硬くて高い音。
駐車場はお店の隣にあり、揚げ物や炒め物をしているような、胃袋がゴッソリ動きそうな香ばしい匂いが充満している。
雀の羽ばたき。鳴き声。
「ありがとうございました」と店主がお客を送る声。
「いや~わたしはそっちの方がいいと思う」「あははは!」「まじでほんとなんだって!」「洗濯バサミ貸して」「走ったら危ないよー!」といった様々な会話の断片。
透かした車の窓から入り込んでくる、笹のような葉っぱのさざめき。風が吹けば吹くほど饒舌になる。
天気は昨日のどしゃ降りとうってかわって、雲ひとつない晴天。
窓を開けていてもウトウトしてしまうくらいに、気温は陽気である。
たまに住宅街から聞こえる、車にエンジンをかけるギュルルルといった搾られるような音。
そしてわたしは図書館で借りた児童書を読んでいる。
9つの少女が離婚を経た母に、「ねえ、死んじゃおっか」と、これまでに3回提案されたという切り口が初っぱなで現れ、なんとも鋭そうな作品だと目が離せず、どこへ行くにも持ち歩いている。

ふと本から視線を離す。
友人はまだ来ない。
もう少し読もうかと視線を落とす。

こんなに幸福な時間があるだろうかと思う。

天候も自然も人々の動きも、こんなに正解なことがあるのだろうかと思う。

この時間を切り取って箱を作り、その中で永遠に暮らしたいと思う。
この時間のために、騒音に悩まされ、癖のある人と対面し、風邪を引いたりお腹を壊していたりしたのかしらと思う。

このまま溶けてゆきたい。

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