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ショートショート

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シロクマ文芸部に参加して書いたショートショートや、単発で書いたショートショートです。 ※ すべてフィクション ※ ジャンルはごちゃまぜ ※ 一話完結です。ショートショート同士の繋…
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#シロクマ文芸部

【目次】 ショートショート 【マガジン】

ショートショートのマガジンを作りました。 ここは目次のようなものです。随時更新していきます。 ◎ すべてフィクションです。 ◎ ジャンルはごちゃまぜです。 ◎ 1話完結です。ショートショート同士の繋がりはありません。 ◎ 年齢指定になるような極端な描写はありません。 順番通りに読むも良し、気になるタイトル、お題から読むもよし、ランダムにえいやっと読むも良し。 好きなように楽しんでもらえたらいいなと思います。 ▶ シロクマ文芸部 企画参加ショートショート▶ 2023年

召し上がれ #シロクマ文芸部

「紫陽花を食べたことってある?」 「いや……、ないけど。紫陽花って食べられるの?」  彼女の急な質問にはどんな意味があるんだろう。  この頃仕事を理由に彼女との時間を取っていなかった。  正直、仕事じゃないときにも使った。そう言うと彼女は「しょうがないね」と言ってくれるから。  嫌いになったとか、飽きたとか、そういうことじゃないんだけど。なんとなく、そういう時期、みたいなこと。 「紫陽花には毒があるんだって」 「え、知らなかったなぁ」 「でもどこに毒が含まれてるかとか、ど

雨音が遺したもの #シロクマ文芸部

 雨を聴くために階段を降りていく。  降りた先にあるドアを開けると、窓のない部屋。  でも不思議と閉塞感はなく、僕にとっては落ち着ける場所だった。  僕の祖父が生きていた頃に作った部屋らしい。  小さいけれど、しっかりとした造りの机と椅子。大きめの本棚には、ぎっしりと詰まった本。  そして、立派な音楽プレイヤー。 『雨って変化のプロなんだよ』  僕の母はよくそう言っていた。  僕はプレイヤーを起動させて、リストを選び再生する。  スピーカーから流れるのは、雨の音。  

雨の中で #シロクマ文芸部

 赤い傘が苦手だ。  放課後の昇降口で空を見上げる。  見上げたところで、雨は止まない。  6時間目の途中で降り始めた雨に、しまったと思った。あと少し、雨も耐えてくれればよかったのに、とも。  こんな日に限って折りたたみ傘を忘れてくるなんてツイてない。朝、お母さんも持って行きなよって言ってたのに。 どしゃ降りというほどでもないし、駅まで走ろうか。傘を持たずに校舎を出ていく生徒も少なくない。多くは男の子だけど。 「あれ? 傘ないの?」  逡巡していると、馴染のある声が聞こ

片方だけの思い出 #シロクマ文芸部

 白い靴下が、片方だけ、しまわれている。  確か、1年くらいそのままの靴下。  私のじゃない靴下。彼の、靴下。元彼の、靴下。この部屋から出て行った、元彼の、靴下。  世界にたったひとつ、でもなければ、高級な靴下でもない。どこにでもあるような靴下。  彼がいなくなって、ポツンと残されていた靴下。  単に落ちたのか、それともわざと落としていったのか。そんなことを確かめようとするほどバカじゃない。 「靴下片方、落ちてたよ」なんてわざとらしく連絡するほど愚かじゃない。  それに

風が運ぶ季節 #シロクマ文芸部

 風薫る海辺の町。  海に面したこの町は、1年を通して海の香りに包まれている。  しかしこの時季にだけは、みずみずしい新緑の香りが、爽やかな風に乗って届く。  灯台に空いた窓から海を見下ろして、彼女は深く息を吸い込んだ。  今年もまた、新しい緑の香りがする。  少し視線をずらして、町と海を隔てるように伸びている堤防に目をやる。 「今年もこの時季がきたなぁ」 「わたし、みどりの風のかおり、大好き!」  堤防に座った老年の男が嬉しそうに呟くと、隣の少女が目を輝かせて返す。

黒い目玉のこいのぼり #シロクマ文芸部

 子どもの日にこいのぼりを飾る家は、ずいぶんと少なくなった。  そのことに少なからず安堵している。  僕はこいのぼりが怖い。  子どもの頃、僕はこいのぼりに、食べられた。  僕の家には祖父母が買ってくれたこいのぼりがあった。  当時の僕にはわかりもしないけれど、きっと高かっただろう立派なこいのぼり。  5歳の子どもの日。  いつもの子どもの日と同じようにその日を過ごした。変わったことはない。  父母と並んで見上げたこいのぼり。  きれいな青空を、飛ぶように泳ぐ姿がかっ

春への逃避 #シロクマ文芸部

 春の夢には終わりがない。  目が覚めてもまだ夢の中にいるみたいに。  ずっとぽかぽかとしていて、どこかふわふわとしている。  朝になってベッドから起き上がって、朝ご飯を食べて、学校へ行く。  授業を受けて、友だちと笑って、家に帰る。  ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドに入る。  そうしてまた朝になって、ベッドから抜け出す。  窓の外は澄んだ青。  太陽の光はキラキラと新緑を照らしている。  同じような毎日でも、春はずっと夢の中にいるみたいだ。  今までこんなにも

花吹雪のいたずら #シロクマ文芸部

 花吹雪が舞い散る道を通勤できるとは思ってもいなかった。  就活で訪れたときはもちろん、引っ越してきたときにも花はついていなかった。  それが、こんなにも綺麗な桜並木だったなんて。  春の強い風に乗って花びらがあちこちに舞う。  それは雑然としているようで、けれどとても幻想的で美しい。現実世界とは切り離されていると錯覚しそうだ。  桜はすぐにでも散ってしまうだろう。  残されたわずかな桜を惜しむように、心なしかゆっくりと歩を進める。  学生のときに友だちと見た桜とは少し

物言わぬ守護者 #シロクマ文芸部

 風車は穏やかに、しかし力強くその羽根を回し続けている。  風車の前には一体の像があった。風車に手を伸ばす姿をしている。その像は時の経過を映し出してはいたが、その細工の精緻さは疑いようがなかった。  隠れた農村に立つ堅牢な風車。ひっそりとした村に似つかわしくなくも見える。  その風車を観光に使えないかと考えた僕は、土地開発の交渉のためにこの村を訪れた。ただ、どうやってこの村にたどり着いたのかは今ではひどく曖昧だ。  交渉はうまくいかなかった。  あの風車には不思議な力が

感情の証 #シロクマ文芸部

 卒業の証であるICチップが盗まれた。  あれがなければ――  身体にわずかながら震えが走る。  まったく、こんなときには優秀であることが厄介なだけだ。  震えている場合ではない。恐れている場合ではない。  あれがなければ私は――  処分される。  いつ、どこで、誰に、盗まれたのか。  そんなことは私にかかれば問題にもならない。記憶を辿ればいいだけのことだ。  もっとも、私から盗み出すことができるのはごく限られた範囲だろう。大体の予想はつけられる。  しばし目

40文字の「春と風」 #シロクマ文芸部

春と風はいつも大切な出会いを運んできた。 春と風はいつも大切なひとを奪っていった。 #シロクマ文芸部 企画に参加しました。 ▶ 最近の シロクマ文芸部 参加ショートショート: ・味のしないチョコレート 2/8 お題「チョコレート」 ・香りの虜 2/15 お題「梅の花」 ・また4年後に、 2/22 お題「閏年」 ▶ 【マガジン】ショートショート: ▶ マシュマロ投げてくれてもいいんですよ……?! 感想、お題、リクエスト、質問、などなど 2024.03.03 もげら

また4年後に、 #シロクマ文芸部

 閏年にしか開かない扉があるという噂を男が聞いたのは、偶然であり幸運だった。  都市伝説やオカルトを題材としたブログを細々と書いている男にとって、ちょうどいいネタだった。  調査を始めると、意外なことにその扉はいつも男が利用している図書館にあるという。真相を探るべく、図書館へと足を運んだ。  しかし図書館へ来たものの、いきなり噂のある扉について聞いたりして教えてくれるだろうか。図書館員は知っているのか。信じてもらえるのか。  本を探すフリをしながらブラブラと館内を歩いている

香りの虜 #シロクマ文芸部

 梅の花の香りは人を惑わせる――  夢を見た。  景色はどこまでも白だった。足に伝わってくる感触も、土なのか板なのか、それともコンクリートか、それさえもわからない。  ただ、どこからか甘い香りが漂っている。  方向もわからないままに、それでも甘い香りに導かれるように歩を進めていくと一本の木が見えた。淡いピンクの花に飾られている。梅の木だ。詳しくもないのに直感的に思う。  思わずうっとりとしてしまう香りを、目を閉じて深く吸い込む。  目を覚ましても、まだ夢の余韻に浸っていた