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50歳から始める終活 vol.03_初めてのお見送りは突然に…

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本当に「突然」すぎると驚きなどない

自分の終活について考えるその前に、身近な人の「終わり」の経験について語ろうと思う。
なぜなら、自分の生き様は自分の経験から決めていくことしかできないからだ。想像では到底及ばない世界が実体験から見えてくるはず…。

約10年ほど前。
桜の花が散り新緑に染められ始めた4月某日。
異常気象のせいか、日本では年々季節の変わり目が曖昧になり、大嵐を境に猛暑と厳寒の間を行き来するような気候になったと私は感じていた。それでも、ごく短期間、暑くもなく寒くもない穏やかで過ごしやすい日が春にはあり、その日も、穏やかであたたかい一日だったことを覚えている。

真夜中、家族全員が寝静まったところで、突然、電話の音が鳴り響いた。
目を覚ました私は、まず部屋の明かりをつけて時計に目をやった。
午前1時を過ぎ…。
瞬間、何かイヤな予感がして、受話器を取るのを躊躇すると、夫を起こして電話に出てもらった。

いたずら電話であれば受話器をすぐに切るだろうに、受話器を持つ夫は静かに何度か返事をした後に、
「…わかった。すぐに行く…」
と言って受話器を切った。
私はその時、イヤな予感が的中したことを確信した。
夫はすぐに着替えてそう遠くないところにある実家へ向かう。
私も慌ててスヤスヤ眠っていた当時小学生の娘を起こし、速攻で身支度をしてタクシーを拾い義実家へ向かった。

平均寿命を過ぎればいつ何が起きても不思議はない

享年80。
その年の日本の平均寿命は男性は80歳(端数略)だった。
死因は入浴中の心不全、いわゆる突然死に分類されるものだ。

私と娘が義実家に到着した時は、すでに義父は夫と共に救急車に乗って近くの病院に運ばれた後だった。
義父がお風呂に入ったところまでは覚えていたものの、その後、すぐに床に就いた義母が、トイレにいきたくなり目を覚ましたところ、まだ風呂に明かりがついているのでおかしいと思い、風呂場を覗いたら…。…ということだ。
ショックで瞬間、意識を失いその場に倒れ、我に返って119番。そして我が家に電話を入れたそうだ。

実は、ここ数年の義父の弱り方に、私は「老衰」を感じていた。日常生活はどうにか送れるものの歩行はかなりゆっくりで、立ったり座ったりする動作はイスでやっと。和室のように床に直接座ってしまうと自力で立ち上がることは出来ない状態だった。
前年の夏あたりから、食事の量が減って痩せてきていた。ただ、従来は体格はよいほうだったので、周りにいる家族は「体が軽くなっていいんじゃない?」と話していた。
気になったのは、著しい傾眠傾向だ。お茶を飲もうと湯呑に手を出して、一口飲んで、湯呑をテーブルに置こうとする前に、目が閉じてしまう…そんな時もあった。
振り返ってみると心不全という診断だったが、ほぼ老衰だったのではないだろうか。

少しずつの変化は、周りの人間はもちろん本人ですら自覚することは難しいものだ。「まさか」そこまで弱っていたとは思いもよらなかった私たち家族は、突然の出来事から始まる『お見送り』、つまりお葬儀やその後の手続きのことなど、まったく頭になかった。

ここで私が学んだことは「平均寿命はある程度の目安になる」ということ。生活が豊かになり医療も進化して寿命は延びているが、平均的な寿命はだれもが理解しやすい明確な数値で表した「およその寿命」なのではないだろうか。
とくに大きな疾患がなくても平均寿命を過ぎたら、お迎えがいつあってもおかしくない…と思っておくことは非常識ではないと思う。
つまり、終活を考える時、具体的な「終わり」として平均寿命の年齢を据えると想像しやすいと思うのだ。

もちろん、いつ何が起きる分からない世の中、人の運命。もっと早くXデーがくるかもしれないし、想定をはるかに超えて生きることもあるだろう。

でも、私は50代で自分の『終活』を始めることにした。終わりをイメージできていないと、具体的に動けない。
今のところ、何の病気もしていないし元気そのもの。よって、私のXデーはざっくりと日本の平均寿命にしようと思った。
が、、なんと今、日本の女性の平均寿命…87歳!
「うわっ…87歳まで生きるのぉ…」
子どもの頃から長生きへの望みがなかった私にとって87歳は、かなり長い道のりに見える。
(単なる想定なので変更~。私のXデーは75にしておこっ)
とりあえず、私は75歳をこの世でのゴールと仮に想定して終活を始めることにした。

『未想定』から始まるてんやわんやなお見送り

話を戻そう。
義父の急逝は、救急車で運ばれたものの、結局、自宅で亡くなったことになり、警察による面談、検死などイレギュラーなことばかりが続いて、家族は外部からのリクエストに応えるのにやっとだった。

予定が立てられない『お葬儀』。義父本人はもちろんだが、家族全員が納得、満足してお見送りしたい…。
夫や義弟は警察とのやりとりで精一杯。義母は呆然としたまま。
結局、お葬儀を行う業者への連絡と打ち合わせは私がやることに。
さーて、何から始めればいいの?!
悩んだり考えたりしている場合じゃあない。とはいえ、いい加減に決めて後悔はしたくない。
頭の中をフル回転させて、とにかく最善を尽くそうと、お葬儀の準備を始めたのだった。

つづく…

▼▼▼最上川えつこのエッセイ第2弾『アラフィフ歌会始』▼▼▼
読んでみてね~♪



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