自作の物語『婚約破棄されたお芝居姫は国境を目指す』はいかにして着想されたか
2024年3月1日(金)、カクヨムで短編『婚約破棄されたお芝居姫は国境を目指す』を公開した。
合計約2万字の作品で、個人的には、割とよく書けたと思っている。
以前、お友達と話した時に、物語の着想をどこから得るか、みたいな話になったので、今回のこの物語が成立するまでの、私の脳内の動きを書き留めておこうと思う。
※ ここ以下の文章は本編を読み終えた方を対象にしています。
ネタバレを含み本編の読書体験を損なう可能性があります。
▼本編を先に読むのがおすすめです。所要時間目安は1時間程度です。
「短編を書こう」から始まる
今回の作品の執筆を始めた発端は「短編を書こう」ということだった。それまで、長編を書こうとあれこれもがいてはみたのだけれど、結局のところ、私はどうも短編作家なんだな、ということを痛感した。裏を返すと、長編は私には難しすぎる……。
それで、短編を書く上で、今回は「婚約破棄アンソロジー」に収録されているようなものをイメージして、書いてみることにした。「婚約破棄アンソロジー」というのは、たとえば、こんなようなコミックに収録されているものだ。
私の文書エディタの初期のメモには、こんなものが残っている。
というわけで、私は短編もののファンタジーを書く、と決めたのである。(ところが、書いているうちに思いのほか長くなってしまった。帯に短したすきに長し)
アイデアを採用する
私はUlyssesというMacアプリを原稿執筆に使っている。これは文書をフォルダ分けして管理する機能があり、その中にアイデアメモを集めたフォルダがある。
物語に着手する時、私はこの中をまず漁ってみて、一番面白そうなものを探す。 今回白羽の矢が立ったのは、「狂言婚約破棄(自作自演)」ということだった。 婚約破棄ものをけっこうあれこれ(漫画で)読んだのだが、「婚約破棄自体が狂言だった」というのはまだ見たことがなかった。それで、狂言婚約破棄を中心に据えて書いてみたい、と思ったわけである。
次のメモは、この「狂言婚約破棄」というアイデアから生じた、物語の原型だ。たぶん、「婚約破棄が狂言だった」という前提から、どんなストーリーがありうるか、ざっと書き出したものだと思う。
当初、主人公の名前はコーデリアではなくエリザベスだった(登場人物の名前については、割といい加減に決めておいて、後から付け替えたり、意味づけをしたりする)。このタイミングでは、二人が結婚したくない理由は思いついていないので空欄になっている(結局、最後まで思いつかず、あやふやなままだ)。また、演劇だの、お芝居だの、花祭りだのといった要素は皆無で、この段階ではまったく予定していなかった。
この設定で、まずは書き出しをいくつか書いてみたのである。
演劇設定を導入
書き出したのはいいのだが、筆の赴くままに書いた一行が、作品の性格を決めてしまった。それはこんな一節だ。
役者、そして演技。ここまで書いた時に、私の性癖?を刺激するものがあった。
大学時代の英文学に関する学び
アニメ、漫画の影響で名台詞が好き
お芝居マニアの主人公が、台詞引用しまくりだったら、ちょっと面白いかもしれない。まあ、実在の演劇でやるほどの教養は私にはないから、適当な演劇をでっち上げないといけないが、面白そう。
そこで、台詞に演劇の引用を入れまくりながら書き進めることにした。
あれこれと作品に絡めた台詞を挿入し、途中でわけがわからなくなったので『引用集』を作って引用した台詞をストックしておいたりした。
執筆中にふと「せっかく親友の名前がジュリエッタなんだから、主人公の名前もシェイクスピアにちなんだ名前がいいな」と主人公の名前を変更することに。調べるのが面倒だったので、AI(Chat-GPT4)に「シェークスピアっぽい女性の名前」を列記させた。
何回か、やりとりをして(Chat-GPT4もしばしば間違いがあるのだ)得られたのが以下のリスト。
さらに、キャラクターの性格やバックグラウンドを含めて出させる
回答。
なぜか最後が途切れている……字数の関係?
知名度なら文句なく「オフィーリア」だけど、あれは喜劇の主人公にしてはあんまり悲惨すぎる。知的な「ポーシャ」もなかなかいいかと思ったが、「コーデリア」は父親との確執があるという点が気に入った。そこで、主人公の名前はコーデリアとすることにした。
ちなみに王族の名前は本当に適当に決めたので、聖書の最初の家族からとっているけど、別に深い意味はない。まああるとしたら、正直者のアベルと嘘つき?のカイン、という程度。
これで、舞踏会のシーンができていった。
喜劇の伝統
この話は本来、短編なので、あっさりと舞踏会のシーンだけで終わる予定だった。舞踏会の後、どこかでカインとコーデリアが合流し、狂言の種明かしをして出奔……という結末だ。
ところが、演劇の内容を組み込んだ時点で、余計な英文学魂というものがむくむくと頭をもたげてきてしまった。というのも、「喜劇は結婚で終わる、悲劇は葬式で終わる」という古典演劇の定型が、私はけっこう気に入っているのである。
古典演劇(登場人物たちにとってはコンテンポラリーだが)を舞台にしたこの喜劇が、結婚で終わらないなんてあるだろうか。いや、ない。結婚で終わらなければならない。これは苦渋の決断で、「テンポが悪くなるかも」「後半で破綻したら」といろいろ不安はあったが、「結婚で終わらなければならない」という自分の中の声に従うことにした(結果的には良かったと思う)。
それで、なんとか結婚式の形を作らないといけない。当初は、聖職者の協力者がいることにして、教会で結婚式を、と考えてみたが、今一つ整理がつかない。祭りに紛れて出奔する、その過程で婚礼することにしよう、と思いついて「花祭り《フルラフィエ》」を導入した。
「花祭り《フルラフィエ》」については、なぜかわからないが割とすんなり設定ができた気がする。春のお祭り、となると北国の方がなんとなく雰囲気が出る気がする。そして町を挙げて結婚式を行う、ということは、たぶん、冬の間は結婚式をしないで、春にいっせいに結婚式をするのだ、みたいな論理が完成した。
それから、これまたなんとなくアベル王子の追跡を追加した。追加してから気付いたのだが、実際にはアベル王子が追ってくる必要は皆無なのだ。だって舞踏会の退場シーンから考えて、国王陛下はカインとコーデリアの出奔にそれとなく協力的である(アベルを牽制してくれた)。だから別に、設定上はカインとコーデリアに追っ手がかかる理由はないのだが、そこはアベル王太子殿下のご威光「筋が通らん!」を理由に追ってきてくれた。良い奴だ。
舞踏会シーンの狂言婚約破棄についての種明かしは、コーデリアの独白、回想で説明させた。この辺りからだんだん全体のつじつまを合わせる必要が生じてきて、何回も読み直しながら、全体の台詞等を修正していった。伏線を張り直したり、回収したりもこの辺りでやる。その過程でザスーラ一座も生まれ、そして、ザスーラが突然、重要な台詞をしゃべり出す。「二人のお芝居姫」という言葉がここで生まれて、作品のタイトルにすぽっとおさまった。ここに至るまで、この話の題名は「狂言的婚約破棄(仮)」だったのだ。本当はザスーラのおかみさんにも出てほしかったが、残念ながら彼女に出番はなかった。
結婚式のシーンの種明かしとして、ジュリエッタとの最後の会話を追加。この辺で突然、ジュリエッタも生き生きし始め、終盤、アベル王子とのシーンでいいところをかっさらっていく。コーデリアはどちらかというとオタク気質で名台詞の暗唱に寄りがちな「鑑賞者」だけれど、ジュリエッタは演技に長け豪胆な「実力派女優」。臆することなくアベル王子と対峙するシーンは彼女の独壇場だ。元々コーデリアの相方、脇役程度の認識だったんだけど、ここでも「二人のお芝居姫」という単語が彼女に息を吹き込んだという感じがする。
ここまであれこれ調整つけてきて、なお、消化不良を起こしていたのが、おっさん二人であった。
国王陛下については、舞踏会での国王の台詞引用(なぜ突然陛下がバルロティータの引用をするのか)が説明しきれていない。つまり彼もまた演劇オタクなのだ、という説明が要る。ジュリエッタとアベルの会話でなんとなく国王がオタクであると説明されているのだけれど、公爵閣下に関しては、まったく説明がなかった。娘が持つ冷淡なイメージと、周囲が言う「娘に甘い」イメージが解決しないまま終盤まで来てしまっている。
そこで、蛇足かとも思ったけれど最終シーンを追加した。おっさん二人のシーンである。これで公爵閣下についても、説明が完成した。
いつもだいたいこんな風に書いている
いつもだいたいこんな形で物語を作っている。最初にアイデアがあり、それについてプロットを考え、書き出す。書きながら、アイデアが膨らみ、物語ができてきて、最後にあれこれつじつまを合わせたり、伏線を作ったりして、まとめ上げる。
ここに書いたような理屈を明晰に追いかけて書いているわけではなく、書いている間は割とぼんやり、直観的に進めている部分も多い。
「書きながらアイデアが膨らむ」部分がまだ方法論としては曖昧で、ここで失敗するとつぶれたパンみたいにしぼんでしまうことも多い。個人的には、ここがあまりかっちり方法論として確立してしまうのもちょっとつまらない気がして、なかなか難しいところではある。
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