文学手法としてのpoint of view視点サンプル

 私は文学部英文科で文学について聞きかじった程度の人間だが、文学手法としての「視点」について、自分の書いた文章がサンプルとして適切であるかのように感じたので、少々知ったかぶりをしてみたいと思う。

 文学における「視点」というのは、「ある事象をどこから観察して描写するか」ということを意味する。よく「一人称小説」「三人称小説」というくくりは語られるしわかりやすいが、視点というのはこれとは少し違う。「三人称小説」では不可避的にほとんどの場合視点は主人公である「私」の視点になるが、三人称の場合はいくつかのケースが考えられる。

 大学の授業では、「ある人物がドアを開き、中にいる人物と会話を始める」という一つの事象を、「ドアの外(入室する人物)の視点から」「ドアの中(中にいる人物の視点から」など複数の視点で書き分けたサンプルを見せてもらった。いずれも三人称で書かれているが、「ドアを押した」のか「ドアが開いた」のか、「入った」のか「入ってきた」のか、視点によってさまざまな違いが生じる。

 以下は私が[文芸同人誌『有象無象』](https://uzomuzo.jp/)に寄稿している作品群「フランペルの世界史」の草稿である。長い引用になるが、没原稿だし自分の作品だから遠慮する必要もない。私は視点の問題からこの草稿を続けることを諦め、最初から描き直す予定でいる。視点について注意しながらご一読いただきたい。

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 パロは聞き慣れない物音で目を覚ました。何やら階下で人の出入りする音が聞こえる。そっと枕元のカーテンを開けて窓の外を見ると、まだ薄暗い。夜が明けてまだ間もないようだ。秋の、美しく晴れ渡った空がまだ青になり切れず、白くかすみがかったようになっている。普段ならまだぐっすり眠っている時間だ。

 何やら人が慌ただしく出入りする気配が感じられる。応対に出た者が父のロダンを呼んでいるようだ。一体何事だろう? 好奇心にかられ、パロはベッドを抜け出した。ひんやりした空気の中、寝巻きを脱ぎ捨て、普段着に着替える。部屋を抜け出し、そっと階段を降りて行こうとすると、戸口の近くで待っていた来訪者と、起き出してきた父が話し始めたところだった。声は階段の途中にいるパロのところまでよく響いた。
「その者は、ドゥ子爵領から来た使者だと言っています」
 「ドゥ子爵」という単語に、パロの眠気は跡形もなく吹き飛んだ。ドゥ子爵領にはアネット姉さんがいる。本当の姉ではないが、近所で家族同然に暮らしてきた3つ年上のアネットのことを、パロは本当の姉のように慕っていた。アネットは、昨年から、ドゥ子爵の屋敷で住み込みのメイドとして働き始めた。
「それにしてもなぜ、こんな時間に評議会の呼び出しが? それほど急ぎの用事なのかね」
 人の良い父は突然の来訪者に困惑しているようだ。父ロダンは、商会主で、街の自治評議会の議員をしている。やってきたのは評議会からの使いの者らしかった。
「その者はドゥ子爵のご命令でトリミトラ城の不穏な動きをこちらに知らせてきたのです。ここソン・トー・タラゴンを併合するために挙兵するのではないか、と」
「戦争になると?」
 パロはびっくりした。戦争だって? 父の問いに来訪者が答える声は聞こえなかった。代わりに父の声がした。
「わかった。とにかく、そちらに伺おう」
 来訪者は去り、父は外出の支度を整えるよう家の者に命じた。
 パロはそっと部屋に戻るとベッドに入り、今の会話について、じっくりと考えてみた。
 トリミトラの城は、ドゥ子爵領の向こうにある。隣国との国境沿いの山城だ。そこにはなんとかいう領主が一応の土地を与えられているが、主な任務は国境の防衛のはずだった。同じリューベウス国王に忠誠を誓う臣民として、彼らがここに攻めてくるなどありそうもない。しかも、ここソン・トー・タラゴンは学問の都として、国王陛下に自治を許された街なのだ。誰もここを占領したりなどできない。誰も攻めてくるはずがない。昨日まではそう思っていた。
 しかし、もし、それが本当なら。彼らはまずドゥ子爵領を通過してくるだろう。そしてそこにはアネットもいる。彼は急に不安になった。アネットに万が一のことがあったら、どうしよう。
 パロはしばらく考えたあと、布団を押しのけてベッドを出ると、旅行に使う背負い袋を出してきて、持っていく荷物を吟味し始めた。


 お昼を少し回った頃、パロは評議場の閉ざされた扉を眺めながら、それが開くのを待っていた。中からは何やら大声が聞こえてくる。父の声ではない、別の誰かが怒鳴っている。父ロダンは面倒見がいいので人望はあるが、小心者だ。あんな風に怒鳴りつけられたら、反論もできずに小さくなっているのではないか。
 そんなことを考えていると、扉が勢いよく開いた。父かと期待して見たが、出てきたのは別人だった。良い身なりの壮年だが、何やら無闇に腹を立てているようで、パロには目もくれず議場を出ていった。議場から聞こえる声は何やらざわめきに変わり、散会したのがわかった。パロは立ち上がり、父が姿を見せるのを待った。
 父はなかなか出てこなかったが、時期に初老の男と話しながら姿を現した。
「父さん」
 パロが声をかけると、父は驚いたようにパロを見た。
「パロ。どうしてこんなところに……フーラムさん、これは息子のパロです。パロ、こちらはフーラムさんだ」
 老人はパロににこりと屈託のない笑みを見せた。
「あの魔法使いフーラム?」
 パロは思わず聞き返した。ロダンはパロの不躾な口のきき方に慌てたが、老人は笑った。
「そう呼ぶ人もいるがね。私はただの大学教員だよ」
 パロは目を丸くした。この魔法使いの名前はソン・トー・タラゴンでは広く知られていた。この老人は稀代の魔法の才能でソン・トー・タラゴンのさまざまな問題を鮮やかに解決してきたと噂だった。
「じゃあ軍隊相手に魔法を使うの?」
 パロが思わず尋ねると、ロダン氏は慌てたように言った。
「どこでそんな話を聞いた?」
「今朝父さんが家を出ていくのが聞こえたよ。ねえ、魔法で街を守れるの?」「そうさな。城門を爆発させるとか、兵隊を薙ぎ払うとか、そんなような……」
「すごい!」
「……そんなような、物騒なことはできないが」
「なあんだ」
「私がスウランの霜巨人よろしく、トリミトラ城を吹き飛ばすと思っているのならお門違いだよ。魔法というのは、人の気持ちを少々後押しするくらいのものさ」
「なら、何ができるの?」
「野ばらの花を咲かせるくらいならできるかな」
「野ばら? ただの野ばら?」
「ただの野ばらさ」
「でも、野ばらの季節は春じゃないか。季節外れだよ」
「だから魔法さ」
「でも……」
 なおも反論しようとするパロをロダン氏は慌てて遮った。
「すみません、息子が失礼を」
「いえいえ」
「父さん、僕、子爵様のところに、アネットを、迎えに行く」
「何だって?」
「だって、戦争になるなら子爵領の方が危ないでしょう?」
「……いや、ドゥ子爵はきちんとした方だ。アネットのことも心配いらない」
「でも、アネットが危ないんだよ」
「アネットのことは子爵様にお任せしておけば大丈夫だよ」
「そんなのないよ。僕、助けに行く。道もちゃんとわかってる」
「待ちなさい、パロ!」
 ロダン氏は大きな声を上げて呼び止めたが、パロは荷物を背負うと議場を駆け出して行ってしまった。ロダン氏はフーラムを放っておくわけにもいかず、おろおろと息子を見送った。フーラムはロダンに声をかけた。
「ロダンさん、お行きなさい。ここは大丈夫ですよ。あなたがいなくても代わりの誰かが役目を果たすでしょう。息子さんのことの方が大事です」
「そ、それは……そうなんですが。私は小心者で、息子に信頼されていないのですよ。私の言うことは聞かないでしょう」
 考え込むロダンにフーラムは言った。
「本当は、あなただってアネットさんのことが心配なんじゃないですか」
 フーラムが言うと、ロダンは決心したように言った。
「フーラムさん、一つ、お願いを聞いていただけないでしょうか」

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 さてここまでが引用である。ここまで書いてきた私は何度か読み返して「父」という単語に違和感を感じ、あれこれ考えた結果、最終的にこの文章を破棄することにした。前述の視点の問題である。
 物語の前半は明らかに少年パロの視点から描かれている。顕著なのは玄関のシーンで、階段の途中にいるパロには使者の顔は見えない。そのため描写は「やってきたのは評議会からの使いの者らしかった。」と曖昧だし、「父の問いに来訪者が答える声は聞こえなかった。」と来訪者の反応が見えない。
 評議場のシーンでも視点はパロのものである。彼は議場の外から、議場の扉が開くのを待っている。またここの地の文が「父」と表現していることも重要で、ここでは地の文はパロの視点からロダンとの関係性、続柄を表現している。
 ところがである。このシーンの最後ではパロは立ち去ってしまい、残されたロダンとフーラムの会話が続く。これが問題だ。
 パロが存在しないので、当然地の文に「父」と書くことはできない。「パロは荷物を背負うと議場を駆け出して行ってしまった」というところが決定的で、本来なら「パロは荷物を背負うと議場を駆け出した」とパロに合わせて視点が移動するべきところである。完全に視点がパロから離れてしまっている。
 作品の都合上、ここでのロダンとフーラムの会話は必要なので削るわけには行かない(いや、待てよ、削ってしまう手もあるな……)。

 さて、私が検討した解決は三種類ある。

- 視点はパロからロダンに移ったものと考え、このまま書き進める
- 議場の場面をロダン氏の視点に書き直す。
- そもそも全部を「全知の視点」で書き直す

 一つは、議場の前で視点がパロからロダンに移動したと考えることだ。できない相談ではないが、個人的には今ひとつ気に入らない。描写に一貫性のない作家のように思われそうである。
 もう一つは、議場の場面をロダン氏の視点に書き直すということだ。議場の中の議論の場面から書き始め、議場を出ると息子がいる。口論になり飛び出すのを見送る、フーラムと会話する、という流れで、これはこれでいい気がする。
 もう一つは、全体を「全知の(omniscient)視点」に書き直すという発想である。
 そもそも、こうした視点の問題は映画的な手法とも関わりがあるのではないかと思う。視点がパロの場面、ロダンの場面ときっちり分けて書いていくのはいかにも映画的な感じがするが、しかし、私が書きたい作品は「ロード・ダンセイニ風の幻想文学」である。映画風の臨場感あふれる描写はそもそも目指すところから少々ずれている。

 そういうわけで、私は全体を書き直すことにした。また後で変更する可能性はあるが、最初の書き出しのところだけご紹介しておくことにしたい。

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 学問の都、ソン・トー・タラゴンは国王から自治を許された街である。古くは大賢人ジェス・タラゴン・バーナムが礎を築いたその学舎は、今日でもソン・トー・タラゴン大学として街の中核をなしている。
 ソン・トー・タラゴンが夜明けを迎えようとする頃、自治評議会からの使いが議員の一人、ペリル・ロダン氏の家の扉を叩いた。
「評議会より至急の要件で、ロダン氏においで願いたい」
使者は慌ただしくそう告げた。ただならぬ様子に門番は中に取り次ぎ、使用人がロダンを深い眠りから呼び起こした。人の良いロダン氏は眠そうに尋ねた。
「こんな時間に評議会の呼び出し? それほど急ぎの用事なのかね」
「今朝方、ドゥ子爵領から自治会に、騎兵が使者に参りました。その者はドゥ子爵のご命令でトリミトラ城の不穏な動きをこちらに知らせてきたのです。ここソン・トー・タラゴンを併合するために挙兵するのではないか、と」
 トリミトラは国境沿いの城で、アザラスという将軍が軍を置いていた。この人物は野心家で腹黒く、隣国と内通しているという噂もあった。
「挙兵?」
小心者のロダンは顔を青くした。
「トリミトラの兵がここに? 内戦になると?」
使いの者はそれには答えなかった。
「評議員の皆様に、議場にお集まりいただいています」
「わかった。とりあえず、そちらに伺おう。すぐ支度する」
ロダン氏はそう言うと、家人を呼んで外出の支度を整えさせ、評議会の議場へ向かった。
 ロダン氏の家の二階で一人の少年が一部始終を聞いていた。パロという名のこの少年は、ロダン氏の長男であった。普段なら眠っている時間だが、聞き慣れぬ物音、そして家の中の慌ただしい気配に目を覚まし、そしてそっと、父と使者のやりとりを聞いていた。彼が気にかけていたのは、ドゥ子爵の元にいるアネットのことである。

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いかがであろうか。視点を変え、描写をしていくとだいぶ物語の趣は変わる。パロ視点だった時に比べるとだいぶ、映画的な雰囲気が抑えられているのではないだろうか。巧拙はまあちょっと置いておいて。

 昨今の「なろう系」の流行ではいろんな作家さんがおられる。中にはこうしたことに無頓着な作家さんも居られるし、そのことは何の問題もない。ただ私自身はこういう知識をいじくり回しながら書くのが好きなのだ。

 このような試行錯誤を重ねながら書いていくこの作品は、『有象無象』009号以降に掲載されると思われる(008号に掲載する作品はもう書いてしまった)。完成時にどのように仕上がっているか、ご一読いただければ幸いである。


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