どんでん返しの曇天
ついてないことが多すぎて、くさくさしていた。さっきまで晴れていたのに、台風みたいな雨と風でずぶ濡れになったり、お気に入りのグラスが割れて粉々になったり、行きたかったお店は臨時休業だったり。
その日も朝から洗濯機を回し、朝ごはんを作り、化粧をして…いつも通りの普通の休日だった。それなのに、いつも通りのんびり寝転ぶ夫が憎たらしく思えた。天気は、どんより曇り空だった。
全部がくだらなくてつまらなくてどうでもいい。そんな日だった。
「ちょっと、そこどいて」
ソファーで化粧水をパタパタと叩いていたら、ソファーの下に収納してある服を取ろうとした夫が言ってきた。
わたしは勢いよく横へスライドした。その瞬間、お尻で何かを踏んだ。自分のメガネだ。気を抜いてソファーに置きっぱなしにしていたのだ。左右の耳にかける部分と、レンズの部分が綺麗に外れてバラバラになった。
「うわ、最悪…」
実はこのメガネが壊れたのは2度目。一度落としてしまって、修理できないと言われてまた同じものを買ったのだ。決して高くはないけど、それなりに気に入っていた。
ずっとコンタクトをしている訳にもいかないし…視力が低すぎてメガネなしでは今日すら生きていけない…考えは極端にネガティブになる。放心状態で遠くの空をずっと眺めているしかなかった。
一方で夫は、クローゼットの奥をガサゴソして、何かを探している。電動ドリルを引っ張り出してきて、メガネをなおそうとしている。「ギィーーー」という音が部屋中をみっちり埋め尽くしていた。
数分後。「なおったよ」と、針金で繋がれたメガネを渡された。ボンドだとすぐとれてしまうから、ドリルで穴をあけてそこに針金を通して繋げたらしい。
ビヨーンと伸びた針金が痛々しく、やたら強い感じになった。見た目は恥ずかしいけど、家でかけるには充分である。
「ありがとう」と言いながら、針金メガネをかけてみた。掛け心地も悪くなかった。鏡に映る自分の姿が可笑しくて笑ってしまった。
後日。メガネ屋さんにそのメガネを持っていった。「セロハンテープでとめてる人はよくいますけど、こんな風にたためるようになおしてる人、初めて見ました。すごいですね。」と言われて、ちょっぴり恥ずかしくて、なんだか誇らしかった。新しいメガネが届いても、家ではコイツを使おう。
数日後。食器を洗っていたら、マグカップの取っ手がポトリ…と取れた。
「まただ…」
粉々に割れはしなかったけど、取っ手と胴体がバラバラになってしまった。石垣島に旅行に行ったときに買った思い出の大切なマグカップだった。
金継ぎでなんとか復活しないかな…と考えたけど、難しそうだし、ボンドだとすぐに取れそうだし…。
「花瓶にしたら?ボンドでくっつければ見た目は元に戻ると思うよ」
またしても夫はガサゴソとボンドを取り出し、魔法のようにサッと綺麗にくっつけた。見た目はもう元通りのマグカップだった。
試しに家にあったドライフラワーを飾ってみた。うん、悪くない。花がなければ、そのまま置いておいてもいいし。
空っぽの花瓶はなんだか寂しい感じがするけど、空っぽのマグカップはどこかホッとするような気がする。
壊れたと思ってもそこで終わりじゃないんだ。時には、違う道を歩むのも悪くないのだ。
お腹が空いたので、冷凍庫から夏の相棒(あずきバー)を出して皿に乗せた。のせた瞬間にもう溶けている。気付けばすっかり夏らしい暑さで、セミが鳴いている。
夕暮れ時。外はほの明るくて、綿菓子のようにピンクに染まった空がとても綺麗だった。
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