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迷惑すぎる遺伝子

私は「線維筋痛症」「双極性障害2型(いわゆる「躁うつ病」だが、うつ状態が長く、1型に比べると躁うつの波が穏やかなタイプ)」という持病の他に、妙な体質を抱えている。
血液中のたんぱく質(特にアルブミン)とコレステロールが善悪どちらもやたらと低いのだ。30代までは、中性脂肪値も異常に低かった。
「なんだよ痩せてる自慢かよ」と思われるかもしれないが、一番痩せていた時でも13号だった、という、まごうかたなき肥満体である。胃弱なのでやや少食だが、不摂生はしている。一人の昼ごはんはインスタントラーメンだし、オムライスはご飯をを少なくして、卵を3つ使う。
父とそのきょうだいも「晩酌5合+つまみにイカリング」といった不摂生をしまくっているにも関わらず「コレステロールや中性脂肪はいつも低い!」と自慢しているので、遺伝子の異常なのだろう。
だが一昨年、この体質のために、夫と私はとんでもない疑惑をかけられた。当時は「なぜだ!」と絶叫するしかなかったのだが、2年半経ってようやく疑問が解けたので、記録しておく。

■コロナ禍で病気の連鎖

緊急事態宣言の夏は越えたものの、まだまだ感染者が落ち着かなかった2020年の秋。
私は突如、高熱を出した。扁桃腺がパンパンに腫れあがっていた。大都会では医療崩壊という言葉が叫ばれていたが、私の住む地方では保健所がフル回転で相談センターを機能させていた。かかりつけの内科があったことも幸いし、発熱外来で診察を受けることができた。
コロナ感染ではなくただの扁桃腺炎だと診断され、一度は解熱したのだが、一週間後突如また扁桃腺が腫れ上がり、高熱が出た。扁桃腺のみならずその周囲までぶよぶよになっていた。「扁桃周囲膿瘍」という、死に至ることもある病だった。
通常ならば即座に入院するらしいが、近くの大病院でクラスターが発生していたこともあり、通院で点滴とステロイドの投与を受けることになった。
が、これが次の不幸を呼ぶ。高熱による体力低下と連日のステロイド投与のせいか、帯状疱疹を発症してしまったのである。
長患いで思考力が低下しており「なんだこの痛くて赤いブツブツは……」とボケッと眺めていたため、気づいた時には完全に手遅れだった。体のあちこちに赤紫のあとが残ってしまったのである。
まだまだ不幸は続く。高熱・痛み&かゆみのストレスに、副作用の強い薬に徹底的に痛めつけられた消化器が限界に達した。胃がきりきりと痛み、下痢もひどい。痛む胃の周りの筋肉をもみほぐしていたら、赤いあざになってしまった。
週末、あまりの悶絶ぶりを見かねた夫が休日当番医に連れて行ってくれたが、なぜか胃カメラを断られた。発熱直後であり、休日では感染対策を万全にできなかったのだろう。胃薬だけでお茶を濁され、夫はかなり怒っていた。

■蓄積した不幸の大爆発

その夜、私は突如鼻血を出した。ひどくむせてしまい、せき込みすぎて嘔吐した。嘔吐がきっかけで胃けいれんに近い状態になったらしく、痛くて痛くて自力で動けなくなった。つけっぱなしの大河ドラマで長谷川博己が延暦寺焼き討ちに反対していたが、私の身体は丸焦げも同然だった。
夫はパニックを起こし「救急車!救急車呼ぶから!」と119番した。救急救命士さんたちがどやどやとやって来て、人懐こい猫1号と7号に大歓迎されつつ、私から聞き取りと簡単な診断を行ってくれた。
この時の私の状態を再掲しておく。
・足、腕、胸に薄い赤紫の帯
・胃の上にくっきりと赤いあざ
「だから休日当番医に連れて行ったのに!」と(医者に)怒りを隠しきれない夫(身長177センチ、肩幅が広くて筋肉質)
ついでに書いておくと、我が家の壁や家具にはやたら穴が開いている。もちろん猫の仕業なのだが、猫と暮らしたことのない人には「猫がそんな乱暴なことするんですか?」と驚かれる。猫は同じ体格の犬以上に乱暴なことをする。木は簡単に噛みやぶられる猫プロレスの結果、投げ技をかけられた方が壁に激突して巨大な凹みを作ったりもする。
かくて、私はひとりで救急車に乗せられた。
救命士さんに「ご主人は降りていただきましたからー、何か不安なことがあったら言ってくださいー!」と言われたが「大丈夫です」と返事をした。救命士さんは耳元に口を寄せて
「内緒でお聞きしますけれど、妊娠している可能性はないですか?」
夫の子ではない子を妊娠している、と疑われた!と仰天し「ないです!心当たりも全然ないです!」と即答した。
救命士さんは一応納得してくれたようだった。呼吸困難もある、ということで、都会ならば受け入れてくれる病院がなかったかもしれないが、線維筋痛症の専門外来があり、診察をうけたことのある(現在は専門医がおらず、別の病院のお世話になっている)病院が受け入れてくれることになった。
無事到着し、ストレッチャーが動き始めてひと安心したのだが、何やら様子がおかしい。出迎えてくれた看護師さんや医師の人数が夜間とは思えないほど多い。コロナだからかなあ……と思っていたが、すぐさま採血をした後、全身を調べられた。「洋服は破れてないね」といった不穏な会話も聞こえる。女性医師が「このあざは何ですか?この足の赤紫のあとは?」と執拗に聞く。痛み止めの座薬と、点滴を準備してくれた看護師さんが「今夜は寒いね」と世間話をした後「あざ、痛ない?どうしたんけ?」と、フランクさを演出するためか方言交じりで聞いてくる。エコーの技師さんまで質問してくる。
さすがの私も「DVを疑われている」と気づき、痛み止めが利いてきて話せるようになったあたりで、看護師さんに事細かに事情を説明した。お薬手帳を見てもらえば全部わかるが、赤紫色は帯状疱疹の痕跡である、胃の上をもみ続けていたらあざになってしまった、と。
女性医師と看護師さんが納得したところへ、血液検査の結果が届いた。しばらく後「事務の職員です、お会計のことで」と言いつつ、どう見てもソーシャルワーカーが登場した。夫が心理職や社会福祉法人勤務を続けているため、その辺りは鼻が効く。
真夜中にソーシャルワーカーがいるはずもなし、呼び出されたのだろう。当時は「あざを疑われている」ことしか考えず、申し訳なさで死にそうだった。
ちなみに夫も、廊下にしてはやたら明るい場所で待機を命じられていたらしい。様子を観察されていたとしか思えない。
2本点滴をした後「絶対明日来てください」と命じられ、どうにか帰宅が許されたが、2本目の点滴は時間稼ぎだったのでは、と疑っている。

■疑いは晴れた、はずだった

厳命されていた通り、翌日再診に行った。数日後に胃カメラも撮影してもらい「胃炎と、小腸にも炎症がある」という診断が下った。が、その時医師に「コレステロールと総たんぱくが低いですが、食事はしていましたか?」と聞かれた。
「お腹痛かったし、ひと月以上病気続きでしたから、あんまり食べられてなかったです」と回答した。この時ばかりは肥満体が幸いしたのか「食べられないなら、また点滴しましょうね」で解放された。
この騒動がきっかけになった、というわけではないが、私はこの病院に定期的に通うようになった。長く月経困難症の治療を受けていたのだが、かかりつけだった婦人科の病院が閉院してしまい、慌てて探した転院先が鍼灸院が併設されていたり高額なサプリメントを販売していたりと「ちょっと勘弁して」というところだったのである。
内科で「婦人科を受診したい」と相談したところ、なんとその場で予約をとってもらえた。能天気な私と夫は「婦人科も大丈夫だって」「よかったなー」とニコニコ帰宅した。

■3年目の発覚

婦人科の担当医は「やさしそうなおじいちゃん」で、診察はごく普通だった。「血栓ができやすくなるから、もう少し痩せた方がいいね。白飯やお肉の量を減らして、野菜をゆっくり噛んで食べなさい」と注意を受けたほどである。
あざはきれいに消えていたし、必死に手入れしたおかげで帯状疱疹の痕跡も薄くなっていた。もう疑われることはないぞ、と安心したのもつかの間、血液検査の結果を聞きに行ったら、おじいちゃん先生は仏頂面をしていた。
「ご飯食べてる?」
真逆である。
「たんぱく質が低すぎる。コレステロールも。低ければいいってものじゃないんだ」
「体質だと思います。父も、おばもそうなので」
「体質ねえ……」
それから2年間、私は「ご飯食べてる?」と追及され、食事の内容を聞かれ続けた。「食べてます!体質です!」と、今年になってからはケンカ腰でのやり取りをしていた。
そして昨日、精神科の医師(専門の病院・夫のことをよーく知っている)のもとに、疑惑の血液検査の結果が渡った。
精神科の医師は血液検査の結果を見て絶句し、唸った。
「低栄養どころか、飢餓です。アフリカやハイチの難民レベルの状態です」
難民支援にもかかわっておられた方なので、すさまじい説得力があった。「太るとかそういうのは気にせず、たんぱく質を取ってください。卵がいいです」と言われ、私は卵をゆでて食べた。豆乳は時々飲んでいたが、おやつ代わりに食べられるよう、煎り大豆もネットで注文した。
そして今日。煎り大豆をぼりぼり食べつつ、いつも私の健康状態を心配してくださっている方とメッセンジャーでやり取りをしていたところ、衝撃のテキストが表示された。
「飢餓状態って、ご夫婦で行っていなかったら虐待されているのかと思ってしまいそう」
その方は、私の救急搬送のいきさつをご存じない。
つまり私は、医療従事者の方から見れば
・家具や壁に穴の開いた家から
・怒りを抑えきれない、ガタイの良い夫に通報され
・全身赤紫のあとがあり
・痛みを訴える腹には真っ赤なあざ

という状態で運び込まれてきて、血液検査の結果は飢餓状態が続いているのである。ついでに言うと、現在の夫の勤務先は「介護施設」である。事務職だということは保険証からはわからないから「虐待を隠すプロ」とみなされる可能性がある。
はっきり言って、数え役満だ。

とりあえず夫の冤罪対策のため、数回分の血液検査の結果を常に保険証と一緒に保管しておき「何かあったら精神科の医師にすぐ連絡」と決めた。この記事も、証拠のために書いている。
まったくもって、迷惑すぎる遺伝子である。日本酒とイカリングが好きだったらいいのだが、痛み止め薬の副作用があるので禁酒中だし、イカリングは苦手だ。煎り大豆をぼりぼり食べ、卵をゆでるしかない。



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